
横浜流星主演の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(NHK総合ほか)が12月14日で全48回の放送を終えた。大河ドラマでは戦国時代の武将や幕末といわれる江戸時代末期の著名な人物が描かれることが多かったが、本作は江戸時代でも、いち市井の人を主人公にした物語。しかし、型破りな生きざまに親しみと尊敬を込めて“べらぼう”とタイトルが付けられたその人物=蔦屋重三郎は、多くの視聴者の心をとらえた。その魅力にあらためて迫ってみたい。(以下、ネタバレを含みます)
■脚本家・森下佳子氏が紡いだ“江戸のメディア王”の波乱の生涯
本作は、18世紀半ば、町民文化が花開き大都市へと発展した江戸を舞台に、“江戸のメディア王”にまで成り上がった“蔦重”こと蔦屋重三郎の波乱万丈の生涯を描いた痛快エンターテイメントドラマ。
蔦重はその人生の中で喜多川歌麿、葛飾北斎、山東京伝、滝沢馬琴らを見いだし、また日本史上最大の謎の一つといわれる“東洲斎写楽”を世に送り出した。
脚本を務めたのは、森下佳子氏。2000年の連続ドラマ「平成夫婦茶碗」(日本テレビ系)で脚本家デビューし、「世界の中心で、愛をさけぶ」(2004年、TBS系)、「JIN-仁-」(2009年、TBS系)、連続テレビ小説「ごちそうさん」(2013-2014年、NHK総合)、「大奥」(2013年、NHK総合)など、数多くの作品を手掛ける。
大河ドラマは、2017年の「おんな城主 直虎」以来、2度目。戦国時代後期の遠州井伊谷の女領主・井伊直虎を主人公にした「おんな城主 直虎」では、史料が乏しいなかで、愛を貫き、運命を切り開いていく直虎の一生をドラマチックに描き出した。月や囲碁が繰り返し登場するモチーフとして各場面を盛り上げ、幼なじみであり、ずっと支え合ってきた小野政次を自らの手で処刑するシーンは「究極の愛」を感じる名場面として語り継がれている。
今回の「べらぼう」では、主人公が出版した本や浮世絵など、たくさんある史料を紐解き、想像も膨らませながら、物語を紡いだ。そしてまた、「直虎」のときのように、多くの名場面が誕生した。
■史実の点と点をつなぐ、森下氏の筆致が冴え渡る
第1話から衝撃を呼んだ。蔦重が育ったのは、江戸幕府に公認された唯一の遊郭である吉原。そこで働く遊女たちは、豪華な着物や簪を身に付ける華やかさがある一方で、“苦界に身を沈める”と言われるほど過酷な環境でもある。その闇の部分を、森下氏は真正面から描き出したのだ。
幼いときからかわいがってくれた元花魁・朝顔(愛希れいか)の死。その遺体は丁寧に埋葬されることなく、着物をはがれ、身寄りのない者や女郎たちが葬られた通称・投げ込み寺の敷地に横たわる…。
しかし、その“闇”が蔦重を立ち上がらせる。花魁となった幼なじみ・花の井(小芝風花)とともに、朝顔から本の楽しみを教えてもらった蔦重。吉原で引手茶屋(※客を妓楼に仲介する役割を持つ場所)を営む養父・駿河屋(高橋克実)の実の息子・治郎兵衛(中村蒼)を手伝って、吉原へ客を案内する機能がある茶屋・蔦屋を切り盛りする一方、女郎たちを相手に貸本屋もしていた。
初めは吉原のため。やがて“日の本”へと広がる蔦重の本を出版する夢。そこに、のちに花魁の名跡である五代目瀬川を継ぐ花の井や、歌麿(染谷将太)ら絵師や戯作者、幕臣である田沼意次(渡辺謙)、「書をもって世を耕す」という蔦重が最期まで持つ本屋としての矜持を与える、発明家など多彩な才能を発揮した平賀源内(安田顕)など、人々とのドラマが生まれていく。
史実では、皆、蔦重と同じ時代を生きていた。しかし、花の井が瀬川を継ぐまでの経歴は不明で、歌麿が幼いときから蔦重と一緒にいたということも、当時の身分制度からすれば蔦重が意次と接点があったということも、蔦重と源内が深く交流したということも、記録にはない。
ただ、例えば、蔦重が手掛けた、遊女たちの普段の姿をとらえた錦絵本「青楼美人合姿鏡」では本を持った瀬川が描かれている。森下氏は、瀬川が身請けされるという時期と重ね合わせ、蔦重と瀬川の思いが通じるも、かなうことが難しい悲恋を仕立てた。ドラマ公式サイトに掲載された「脚本・森下佳子の大河べらぼうこぼれ話」では、「ここ(※『青楼美人合姿鏡』)に本を読む瀬川の姿があったからこその、蔦重&瀬川話でした」と振り返っている。
意次が政権を握った時代に育った自由な空気、その空気の中で花開いていった庶民の文化。歌麿の絵から読み取れるもの、蔦重と源内の接点として残る、蔦重が初めて編集した吉原の案内本「吉原細見」の序文を男色として知られる源内が書いた謎。そうした点と点を見事につないでいく鮮やかさがあった。劇中にも登場する“本”や“浮世絵”という、まぎれもない史実から創造された物語の楽しさに引き付けられた。幕閣での一橋治済(生田斗真)の暗躍を予期させるミステリー仕立て、写楽に関する現在の有力説ではない“チーム制”としたことなど、創造だとしてもリアリティを持たせる森下氏の軽妙で細密な筆致に、劇中で蔦重が発揮する才能に人々が驚かされるように「そうきたか!」と幾度となくうならされた。
終盤の治済への仇討ちも、「ありえないよな」と思う一方で、こうだった可能性もあるのか、こうだったら面白いなと思ううちに、やがてスカッとする展開で、“エンターテイメントドラマ”の見せ場でもあった。
■時に視聴者から「鬼脚本」の声も
出会いがあれば別れもあるのが世の常。蔦重も、いくつもの別れ、死と向き合っていく。朝顔の死に始まったそれは、瀬川の二度にわたる「おさらばえ」というせりふが胸に沁みた別れ、歌麿とも別れと再会を繰り返し、源内は獄中死という幕切れといったように。
そんな中で、忘れられないのが、源内と行動を共にしていた浪人・新之助(井之脇海)だ。新之助は、瀬川と同じ女郎屋にいたうつせみ(小野花梨)と恋仲になり、うつせみを吉原から足抜け(※脱走)させるご法度を犯した。江戸から離れ、農民となり、生活は決して楽ではないものの、幸せだった新之助。しかし、火山の噴火という自然災害で江戸に密かに舞い戻る。噴火の影響による飢饉で当時の市中の者たちの多くがそうであったように、暮らし向きはよくない。それでも蔦重の助けで仕事があり、子も生まれ、幸せだった。ところが、江戸を襲った大洪水をきっかけに、混乱する市中で多発していた強盗により新之助の妻子が命を落とした。
森下氏による切れ味鋭い描写は、「直虎」での政次の最期もそうであったように、たびたび「鬼脚本」とSNSに感想が上がった。この新之助に関する場面もそうだった。
森下氏が生み出したオリジナルキャラクターである新之助。歴史上に名など残っていない存在だが、天災による被害や、そこから派生した米屋などを襲撃する打ちこわしと、蔦重が生きた時代背景を映し出す一人だった。さらに、物語としては、幕府での地位安泰のため暗躍する治済と蔦重の絡みをつなぐように、治済が放った刺客から蔦重の命を守って最期を迎えた。
悲しみに震える「鬼脚本」。そこにある虚実入り混じった人間ドラマが、今ではない時代の物語の世界へと誘った。そして、蔦重という主人公が、「書をもって世を耕す」ことを胸に、エンターテインメントの力を信じて何度も立ち上がる熱さを際立たせた。
■蔦屋重三郎という人生を生きた横浜流星
その森下氏の脚本を具現化する俳優陣もすばらしかった。
最たるのが、やはり、主演の横浜流星。2025年は本作に加えて、映画「国宝」が大ヒットし、その演技力が脚光を浴びた年でもあった。そんな中で、大河ドラマのみならず、NHKドラマ自体が初出演だったが、見事に“座長”として全48回をまとめ上げた。
歌舞伎役者を演じた「国宝」の撮影でも身に付けたであろう着物の着こなしにも目を見張った始まり。横浜は、インタビューなどで演じることについて「役を生きる」と表現する。本作でも、吉原で生まれ育ったやる気に満ちた若きころから、日本橋の大店の主としての風格を伴う佇まい、そして病を患って痩せ衰えた晩年まで、蔦屋重三郎という人生を、文字通り生き切った。
「ありがた山の寒がらす」といった、江戸時代に流行したことわざなどの言い回しを発音が似た言葉に置き換えるしゃれである地口(じぐち)を多用する蔦重。絵師や戯作者たちをも虜(とりこ)にする「そうきたか!」なアイデアの持ち主で商売を大きくしていく。その間には、いくつもの障壁やつらい出来事があって、例えば先に紹介した新之助の妻子に起きた不幸でのぼう然とした表情、新之助との別れのシーンでの感情をさらけだした慟哭のすごみ。それらを乗り越えようと前を向くときの、目に宿る光。
蔦重の姿に何度、力をもらえただろうか。瀬川や歌麿の恋心に気付かない鈍感さや、歌麿を傷つけるエゴ、政への憤りなど、テレビの前で「そうじゃないって」「気付いてよ」「それ言っちゃダメ」と本気でツッコんでしまうようなところもあって、リアリティあるキャラクター造形だった。
■染谷将太、小芝風花、橋本愛、井上祐貴らも盛り立てて出来たエンターテインメント
そして横浜を支えたキャスト陣。蔦重の“相棒”的存在となる歌麿を演じた染谷将太。実母に虐げられ、幼い時に体を売らされた過酷な生い立ち。絵の才能を蔦重に見いだされながらも、その生い立ちからくる苦しみや葛藤、そして届くことのない蔦重への恋心といった機微を繊細に表現し、心震わされた。
前半のヒロイン・瀬川を務めた小芝風花は、女郎の中でも高い地位にいる花魁の艶っぽさだけでない知性を、せりふ回しとともに匂い立つように体から漂わせた。女郎という立場の悲しみに加え、蔦重への思いが届かないもどかしさ、思いが通じ合ったときの喜び、蔦重を思って身を引く涙。見ているこちらも一喜一憂する演技だった。
後半のヒロインで、蔦重の妻となるてい役の橋本愛は、“お堅い”ともいえる性格だが、本屋として同士のように蔦重に寄り添う心強さがあった。内緒話のときの「お口巾着」と口をすぼめるかわいい仕草に視聴者がもん絶するという、緩急も魅力的だった。
そして、意次が失墜したあとに、幕閣の中枢に躍り出る松平定信を演じた井上祐貴。世を思う信念のもとで質素倹約を勧め、それは世の中を苦しくし、果ては“推し”であった戯作者の恋川春町(岡山天音)を自死へと追いやることに。布団部屋で一人泣き崩れるシーンは、目を真っ赤にした熱演が胸を打った。蔦重とは裁きの場となるお白州で対峙し、丁々発止のやり取りを繰り広げたが、第47話では蔦重の店を「神々が集う殿(やしろ)」として聖地巡礼のように訪れて、目をキラキラさせるオタク気質全開になって、視聴者にとって「愛すべきキャラ」になった。
ほかにも、熟練の極みを見せた意次役の渡辺謙、わなにはまって獄中で最期を迎えるさまを哀切たっぷりに見せた源内役の安田顕、登場するだけで不穏さに視聴者が震えた治済役の生田斗真、初めは蔦重と対立していたが仲間となっていく地本問屋の鶴屋役の風間俊介、「んふ」という色っぽいほほ笑みが話題になった花魁・誰袖役の福原遥、序盤で「カモ平」と視聴者からあだ名がつけられつつもかっこよかった長谷川平蔵役の中村隼人、語りを務めつつ、九郎助稲荷役でキュートに劇中に登場した綾瀬はるか。さらに蔦重とタッグを組んだ絵師や戯作者を演じた、尾美としのり、古川雄大、橋本淳、岡山天音、桐谷健太……。
全48回で、膨大なキャラクターがいて、書ききることができず、きっとこの俳優もよかったのにと思われることだろう。ある面では、定信のように“推し”のキャラクターが見つけられたといえるかもしれない。
森下氏の脚本力と、そこに描き出されたキャラクターに巧みな表現力で息を吹き込んだ横浜をはじめとする俳優陣。もちろん、大河ドラマ制作チームの演出力も。総じて、蔦重が花開かせた江戸の文化の粋に包まれながら、エンターテインメントの真髄である「そうきたか」な面白さが続く力があったことが、最大の魅力であったように思う。
◆文=ザテレビジョンドラマ部

