
関西編の第105回は、奈良県宇陀市の「Re:Coffee Roasters 榛原焙煎所」。奈良市街からも離れた山間の立地にありながら、界隈では希少なロースターとして、ドライブなどおでかけの立ち寄りスポットとして支持されている。店主の松田祐偲さんは、大阪で長年、バリスタの経験を積み、開店後は焙煎に注力。「できるだけ多くの方にコーヒーに触れてもらい、幅広い世代の方が集まる場になれば」と、多くの人とコミュニケーションを広げる松田さんが、店名の“Re:”に込めた思いとは。

Profile|松田祐偲(まつだ・ゆうし)
1994年(平成6年)、奈良県生まれ。学生時代からバリスタの仕事に憧れ、シアトル系カフェやオーストラリアのカフェでのアルバイトを経験。その後、大阪の心斎橋焙煎所にて、2年の修業を経て、開店を視野に入れて焙煎の習得に取り組み、焙煎機メーカーやコーヒー卸業者、さらに五條市のKOTO COFFEE ROASTERSのセミナーで学び、2023年に宇陀市に「Re:Coffee Roasters 榛原焙煎所」をオープン。
■学生時代から培ったバリスタとしての経験

奈良県北東部にあり、古くは万葉集や記紀神話にも登場する宇陀市。県境を接する三重県へと通じる国道沿いにある「Re:Coffee Roasters 榛原焙煎所」は、ひときわ目を引く蔵のような店構え。一見、和の雰囲気ながら、店内は意に反して、無駄をそぎ落としたモノトーンの空間が広がっている。「外観が和風なので、中は全く違うイメージにして、ギャップを出せればおもしろいなと思って」とは店主の松田さん。元酒屋の跡地を改装したユニークなコーヒーショップは、界隈で異彩を放つ存在だ。

お客からは「なんでこんな場所に?」と聞かれることも多いそうだが、「地元の五条市から近く、焙煎できるスペースも欲しかったので、スペースを広々と使えるロケーションを考えたんです」。界隈では希少なロースターとして、拠点を作った松田さんだが、コーヒーの世界への入口はバリスタへの憧れからだった。
学生時代、シアトル系カフェでのアルバイトを皮切りに、ワーキングホリデーでオーストラリア・シドニーに1年滞在し、コーヒーショップの現場も経験。帰国後は、大阪の心斎橋焙煎所のスタッフに応募し、腕を磨いた。「学生時代からバリスタの仕事に関わりはじめたので、働くというより部活動感覚で(笑)。動機として、純粋にコーヒーを追求するというよりは、接客がしたい気持ちが大きくて、バリスタという職業のかっこよさに惹かれたから、技術を身に付けて、お給料までもらえるのは楽しかったですね」と振り返る。当時、心斎橋焙煎所はラテアートで評判を取り、達人と呼ばれる先輩バリスタも在籍。それを目当てに訪れるお客のなかには、提供過程の写真や動画を撮る人も多く、松田さんもお客の目を意識するなかで技術的に鍛えられた。

心斎橋焙煎所は、2023年にジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ(JCRC)のチャンピオンを輩出。近年はロースターとして評価を高めているが、当初から松田さんはバリスタ志向で、焙煎は意識してなかったという。それでも、「日々、入れ替わるコーヒー豆の風味を、飲むうちに違いがあるのに気づき、興味を持ち始めて。味の説明などはしっかりやりたいタイプなので、毎日試飲して味を覚えて、自然と勉強するようになりました」

■お客の好みをイメージした幅広い焙煎度の提案

一貫してバリスタの道を進んでいた松田さんが、焙煎に着手したのは独立を決めてからのこと。約1年の開店準備の間は、焙煎機メーカーやコーヒー会社のセミナーに通い、焙煎の習得に邁進。ちょうどこのころ、コロナ禍と重なり、開店のタイミングをうかがっていた。そんななかで、得難い経験になったのは、五條市に店を構えるKOTO COFFEE ROASTERSが主催するセンサリーセミナーへの参加。本連載でも登場したJCRCチャンピオン、店主の阪田正邦さんの薫陶を受けた。
「地元にチャンピオンの店があって、焙煎を始めたタイミングで、焙煎過程をロジカルに考える機会ができたのは幸運でした」と松田さん。KOTO COFFEE ROASTERSのセミナーでは、カッピングを通して、甘さのレベルを数値化したり、多種類の酸の質の違いを比べたり、また欠点がある豆も含めてさまざまな焙煎度による差を味覚で体験。「なぜその風味になるか」を紐解いていくことを徹底した。使用する器具なども国際審査標準のハイレベルな内容で、さらに、ここに集まる各地の実力派ロースターとの交流ができたのも大きな刺激になった。

「セミナーを通して、最終的なカップをイメージして焙煎することが身に付いたと思います。自分の好みは浅煎りですが、お客さんの好みを考えて味を作ることが大事」と、自店の豆も焙煎度は幅広く提案している。土地柄、年輩のお客が多いことを踏まえて、はじめはなじみやすい深煎り主体でスタート。徐々に浅煎りへと幅を広げていった。「深煎りを定番としつつ、浅煎りの個性を徐々に増やしていきたい。今のところ浅煎りは半分趣味みたいなもので、豆がいっぱいあるから飲むのを手伝って、という感じで勧めています(笑)」と松田さん。一方で、周辺には長谷寺や室生寺など古刹も点在し、国内外の観光客、海外からの移住者も少なくない。「海外の方は、浅煎りが好みの方が多い。逆にこの辺は、スペシャルティコーヒーの専門店もほとんどなくて、浅煎り初挑戦という方もいらっしゃる。ここで飲んだ味で印象が決まるから、責任重大と感じます」と、試行錯誤を重ねるなかで、クオリティには特に腐心している。
また、豆のバラエティはもちろん、ドリンクメニューも、好みの豆のリクエストもOKなカフェラテ、グラスの形がユニークなアイスカフェラテなど、お客の好みに応える提案や、目を引く工夫で、コーヒーに触れる間口を広げている。

■多くの人とコーヒーの魅力を共有できる場所に

「見た目を含めてとにかく間口を広く、フックを多く作ることを意識して、できるだけ多くの方にコーヒーに触れてもらって、おいしいと思ってもらえたら。カフェというよりコーヒーのアンテナショップという感覚で、いろんな世代の方が来られる場になればうれしい」という松田さん。コーヒーはもちろん、自家製スイーツもそうしたフックの一つだ。
看板メニューのカヌレは、「ちょっと罪悪感がなくなるように(笑)」と、米粉を使ったオリジナル。バレンタインに合わせたチョコレート味など、季節限定のカヌレもあり、手土産としても好評だ。また、土日限定のシフォンケーキや、夏場のかき氷も人気の一品。特にかき氷は、練乳入りのカフェラテをそのまま氷にして、エスプレッソソースをかけた独創的なアイデアが光る。「コーヒー店ならではのかき氷を作りたくて、思いついたのが韓国のかき氷・ピンス用のマシン。液体を瞬間的に薄く凍らせて削る仕組みなので、コーヒーの風味もより活かせられると思って。夏場はコーヒー店は苦戦しがちですが、ここではむしろ夏のほうがお客さんが多いかもしれない(笑)」

開店から1年、趣向を凝らした提案の数々は口コミで広がり、今ではここを目当てに訪れるお客も増えつつある。多くの人々との交流は、松田さんにとって何よりのモチベーションでもある。
「もともと、コーヒーに関わらず、何かをお客さんに提供するのが好きというのが原点にあって。そのなかでもコーヒーは、世代関係なく話すきっかけができるのがいいところ。店名の“Re:”には、返信の意味がありますが、メールのやり取りのように、コーヒーがコミュニケーションツールとなって、お客さんとつながっていければと思っています」
できるだけ店の間口を広げるのも、多くの人とおいしさの共有を目指したいとの思いから。ロースターとしてさらなるレベルアップを図るべく、昨年から焙煎の競技会にも積極的に参加。今後、さらに増やしていきたいと考えている。「焙煎の競技会は、出場することで知識やノウハウが蓄積されて、店の味に直に反映されるので、より力を入れたい。目指すは、奈良県で3人目のJCRCチャンピオン」。将来的には、市街にも姉妹店を作りたいという松田さん。往復書簡のようにお客との交流を重ねる店の、今後の進化を楽しみにしたい。

■松田さんレコメンドのコーヒーショップは「THE HOOD COFFEE」
次回、紹介するのは、奈良市の「THE HOOD COFFEE」。
「店主の中村さんとは、カッピングの勉強会などでで一緒になることが多く、普段からよく交流していて、同世代として刺戟をもらう存在です。豆の通販や間借り店舗でスタートして、2024年に念願の自家焙煎コーヒー店を、ならまちの外れにオープンされました。4.5坪ほどの小さなお店ですが、レコードの選曲がいい感じで、中村さんの穏やかな人柄にも癒やされる一軒です」(松田さん)
【Re:Coffee Roasters 榛原焙煎所のコーヒーデータ】
●焙煎機/フジ ローヤル 5キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(テイスターズ)、エスプレッソマシン(シネッソ)
●焙煎度合い/浅煎り~深煎り
●テイクアウト/あり(450円~)
●豆の販売/シングルオリジン6~7種。100グラム850円~
取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治
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