
山野しらすさん(@shirasu00mori)は、実話に基づく漫画をSNSやブログで公開し、多くの反響を呼んでいる。話題作「私が放置子だった頃の話」は、知人の実体験を基に、親のネグレクトによって居場所を失った少女の姿を描いたものだ。今回は、放置子が宗教施設に預けられた衝撃のエピソードとともに、その異常な背景について話を聞いた。
※本作にはセンシティブな表現があります。閲覧には十分ご注意ください。
■異様な宗教施設への「隔離」



長期休みに友達の家を渡り歩いていた放置子のしおりちゃんだが、次第に周囲から拒絶されるようになる。そこで母親が選んだ預け先は、ある宗教施設だった。「ほほえみ様」への感謝や「魂にエネルギーを注入」といった掛け声が響く異様な空間。しおりちゃんは祭壇でお経を唱えさせられ、洗脳するようなアニメを見せられたという。
クタクタになって「もう行きたくない」と本音を漏らしても、母親は取り合わない。母親にとっては、食事がタダで施設の人が優しいという身勝手なメリットしかなかったのだ。反抗する場所も味方もないしおりちゃんは、翌日もまたその施設へと連れて行かれた。山野さんは「健康面や精神面に何事もなくて、本当によかった」と、当時の危うさを振り返る。
■「お金を出す私はすごい」という狂気
宗教施設へ行かなくなったあと、母親の行動はさらに常軌を逸していく。娘に小銭を渡し、「夜まで家には帰って来ないで」と告げるようになったのだ。事件や誘拐の危険があるにもかかわらず、母親に全く悪気はなかった。むしろ「お金を与えている私ってすごい!」という歪んだ自尊心さえ抱いていたという。
同じ母として、山野さんはこの感覚を「理解できない」と一蹴する。また、こうした事態に気づかない父親に対しても、強い憤りを感じている。母親の不倫といった大人の事情により、幼い子どもの日常がすべて壊されていくリアルな現状が本作には描かれている。
■放置子が耐えた最も残酷なとき
本作は、徹底して「放置子の視点」からストーリーが展開される。大人の都合で日常から切り離され、見知らぬ施設や街中に放り出される少女。幼い子どもにとって、それは死と隣り合わせの孤独だ。
山野さんは現在、放置子だったしおりちゃんが毒親のもとを離れた後の物語も連載している。親の身勝手な振る舞いが子どもの人生にどれほどの影響を及ぼすのか。本作は、現代社会の死角にある闇を鋭く描いている。興味があれば、ぜひ一度おもしろいストーリーを確認してほしい。
取材協力:山野しらす(@shirasu00mori)
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