歌麿筆「江戸名物錦画耕作」より『画師・板木師・礬水引』、木版画, Public domain, via Wikimedia Commons.
浮世絵の色数
浮世絵は墨刷りから始まり、次第に色が加えられ、最終的に多色摺り版画である錦絵(にしきえ)へと発展しました。
墨一色から手彩色へ
恋のみなかみ : 全 / [菱川師宣], Public domain, via Wikimedia Commons.
初期の浮世絵版画である墨摺絵(すみずりえ)は、浮世絵の祖といわれる菱川師宣の時代に登場しました。絵師が描いた下絵を彫師が版木に彫り、それを墨一色で摺ったシンプルな形式です。
そこに筆で彩色を施したものを、墨摺筆彩(すみずりひっさい)といいます。色数は限られていましたが、彩色することで表現の幅が広がりました。
彩色版画の始まり
作者: 初代鳥居清信 歌舞伎役者, Public domain, via Wikimedia Commons.
やがて、手作業による彩色から、版木を使って色を摺り重ねる彩色版画の時代へと移行します。初期の彩色版画では、赤い色が主役となりました。
丹(に)という赤土の顔料を使用した丹絵(たんえ)、ベニバナから抽出した紅色を使用した紅絵(べにえ)など、素材にも工夫が見られます。また、膠(にかわ)を混ぜて光沢を出し、あたかも漆器のような重厚な質感を出した漆絵(うるしえ)なども描かれ、浮世絵の色彩表現は多様化しました。
多色摺りの完成
鈴木春信 (1724–1770) 『座舗八景 塗桶の暮雪』, Public domain, via Wikimedia Commons.
浮世絵の歴史を大きく変えたのは、多色摺り技術の完成です。まずは赤や紅と緑など、数色の版木を重ねて摺る技術が確立され、紅摺絵(べにずりえ)が登場しました。
その後、1765年頃に鈴木春信によって大成された錦絵(にしきえ)が、多色摺り木版画の総称です。十数色、あるいはそれ以上の色数を使用可能にし、「東錦絵(あずまにしきえ)」とも呼ばれました。高度な彫りと摺りの技術によって、浮世絵は一気に華やかさを増し、誰もが手軽に購入できるものとして大衆に広まりました。

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浮世絵の作り方
浮世絵は作り方によって、木版画と肉筆画の大きく2種類に分けられます。
木版画は彫師、摺師、絵師、版元による分業体制で制作されたもので、大量生産を可能にしました。安価で手に入りやすく、庶民の娯楽として流通したことが特徴です。一方で肉筆画は、絵師が絹や紙に筆で直接描いた、一点ものの豪華な絵画です。大名や富裕層への贈答品、高級な注文品としてニーズがありました。
また、浮世絵の絵師たちは、絵入版本(えいりはんぽん)という本の挿絵も多く手掛けました。戯作、洒落本、黄表紙、狂歌本など当時流行した読み物には挿絵が入り、庶民を楽しませました。また、いわゆる画集である「絵手本」も作られるなど、さまざまな出版物が存在しました。
