コーヒーで旅する日本/四国編|コツコツと信頼を積み重ねて20年。逆境のスタートから切り拓いたロースターの新境地。「BRANCH COFFEE」

コーヒーで旅する日本/四国編|コツコツと信頼を積み重ねて20年。逆境のスタートから切り拓いたロースターの新境地。「BRANCH COFFEE」

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
木材の風合いを活かした、吹き抜けの空間が開放的な松山椿店
木材の風合いを活かした、吹き抜けの空間が開放的な松山椿店


四国編の第41回は、愛媛県の「BRANCH COFFEE」。2006年に西条市で創業し、10年後の2016年に、松山市内にも2号店をオープン。愛媛を代表するスペシャルティコーヒー専門店として、着実に地元のファンを広げてきた。とはいえ、もともと建設業に携わっていた店主の越智雄一郎さんがコーヒーの世界に進むきっかけとなったのは、会社の倒産という思わぬ逆境から。まったくの未経験からスタートし、スペシャルティコーヒーとの出会いを経て、新たなコーヒーの価値を広めるべく、地道な取り組みとクオリティの追求に邁進してきた。コツコツと試行錯誤を積み重ねて今年で20年。紆余曲折を経て、新境地を切り拓いた越智さんが今も貫く、ロースターとしての矜持とは。
店主の越智さん
店主の越智さん


Profile|越智雄一郎(おち・ゆういちろう)
1976年(昭和51年)、愛媛県生まれ。家業の建設業に就いていたころ、島根のカフェロッソのカプチーノに衝撃を受けたのをきっかけに、コーヒーの世界に傾倒。その後、突然の実業の倒産を機に、カフェ開業を目指し、カフェロッソに通ってバリスタの技術を学び、2006年に西条市に「BRANCH COFFEE」をオープン。2011年、スペシャルティコーヒーの醍醐味を知り、カフェからロースターに軸を移し、多彩なコーヒーの提案に腐心。着実に地元の支持を得て、2016年、松山市内に2号店の「BRANCH COFFEE TSUBAKI」をオープン。

■思わぬ苦境から始まったロースターへの道
西条市の郊外に立つ本店。ランチタイムは界隈の女性客や家族連れでにぎわう
西条市の郊外に立つ本店。ランチタイムは界隈の女性客や家族連れでにぎわう

「実は、店を始める前までコーヒーをブラックで飲んだことは、ほとんどなかったんです」と笑う、店主の越智雄一郎さん。以前は家業の建設の仕事に就いていた越智さんが、コーヒー店を開業するにいたったのは、“日本一うまいカプチーノがある”と友人に誘われて、島根の名店・カフェロッソを訪れたのがきっかけだった。「まだ、本場イタリアの味など浸透していなかったころ、今までにない味わいに衝撃を受けて。抽出動作やマシンのかっこよさにも惹かれました。店主の門脇洋之さんには、まだ店を始めるとも言ってないのに、親身に話しを聞いてもらって、この一杯に出合ってなかったら今はないですね」と、偶然の巡り合わせが大きな転機となった。
本店のカフェは、天井が高く、ゆったりとくつろげる雰囲気
本店のカフェは、天井が高く、ゆったりとくつろげる雰囲気


以来、たびたび島根を訪れ、仕事の傍らコーヒーにのめり込んでいった越智さんだが、本気で開業を考えたのは、突然の家業の倒産という思わぬ逆境に直面した時だった。なんの伝手もないなか、門脇さんに店を始める意志を伝え、定期的に島根まで通い教えを請う。すべてが未経験の状況で、2006年、「BRANCH COFFEE」をオープンした。

当初は、コーヒーと自家製パンをメインにしたベーカリーカフェとしてスタート。半年後に焙煎機も導入した。2年ほど苦しい時期が続き、思い切って1週間、店を閉めてランチメニューを考案。ランチが好評となり、食後にコーヒーの注文が増えたことで、ロースターとしての認知も高まった。

「開業当時は、まさに背水の陣という気持ちでした。サードウェーブの到来よりちょっと早い時期で、周りから好奇の目で見られたこともありましたが、歯を食いしばってやってきました」と振り返る。
「焙煎後の豆は毎回カッピングして風味を確かめます」と越智さん。日々のカップの評価を焙煎に反映する
「焙煎後の豆は毎回カッピングして風味を確かめます」と越智さん。日々のカップの評価を焙煎に反映する


■目指すべきは“自分の味”でなく“生豆本来の味”
黒い板張りの店構えが目を引く松山椿店。松山で最も大きな神社・椿神社の参道にある
黒い板張りの店構えが目を引く松山椿店。松山で最も大きな神社・椿神社の参道にある

ランチの人気によってカフェは形になったが、豆の販売は伸び悩み、開業後も模索の日々が続いた。そんななか、2010年に訪れた長野の丸山珈琲で、初めてスペシャルティコーヒーの醍醐味を知った越智さん。当時は豆に対する知識もほとんどなかったが、「一度、実感してしまったら変えざるを得なかった」と、店主の丸山健太郎さんが主催していた豆の共同購入グループに加入。翌年には、買い付けのため初めて生産地も訪問した。「ここで、丸山さんをはじめ同業のレジェンドに鍛えられました。なにより、品質の高い豆がどのように評価されるのかが理解でき、現地での経験を通して、スペシャルティコーヒーの基準がなんたるかを身をもって知ったのが大きい」と、まさに目から鱗の体験となった。

扱う豆の品質が変わったことで、焙煎の方法も徐々に変わっていった。「最初は素材を“自分の味”にしようと深煎りする傾向がありましたが、スペシャルティコーヒーの個性に触れてからは、“豆自体がどういう味になりたいのか”を考えるようになりました」。このころから、焙煎の方向性を決めるために、最も重視しているのがカッピング。「カッピングに始まり、カッピングに終わる」というほど、毎日欠かさず味の検証を行い、焙煎に反映していく作業は日々のルーティンになっている。
松山椿店の1階はメニューのテイクアウトにも対応
松山椿店の1階はメニューのテイクアウトにも対応


とはいえ、共同購入は仕入れロットが大きいため、これまで以上に豆の焙煎・販売量を増やす必要があった。さまざまな方法を試みたが、最終的には、目の前にいるお客に一人ずつ、丁寧に対応することに尽きると思い至った。「なによりもお店のファンをつくることが大事。地道に考えを伝えて、信用してもらえるようになることが、遠回りのようで近道でした」

さらに、コーヒー教室の開催など、細かな積み重ねのかいあって、豆の販売は5年目で一気に倍増。豆の販売スペースも広げ、焙煎機も5kgから25kgへと一気にサイズアップした。「“コーヒーを生業にする”という想いで、少々背伸びしてでも、半ば無理やり入れ替えました。ここからロースターに舵を切るという宣言の意味もあり、自分の希望も込めた決意表明でもありました」
1~3まであるブレンドは、1が中深煎り、2が深煎り、3が極深煎り。創業当初の焙煎度である3から、現在の定番の1まで、店の味作りの足跡をたどれる
1~3まであるブレンドは、1が中深煎り、2が深煎り、3が極深煎り。創業当初の焙煎度である3から、現在の定番の1まで、店の味作りの足跡をたどれる


■ロースターとしての矜持を貫いた試行錯誤
屋根裏部屋のような雰囲気もある、松山椿店の2階カフェスペース
屋根裏部屋のような雰囲気もある、松山椿店の2階カフェスペース

産直で豆を仕入れるようになったことで、「もっとシングルオリジンの魅力を伝えたい」との思いを強くした越智さん。焙煎機の入れ替えを機に、それまで深煎りのブレンドが中心だった豆の焙煎度も、浅煎り中心に一新した。とはいえ、「今まで浅煎りを打ち出したことがなかったから、ある意味で賭けでした。最初は、25キロ窯での週1回の焙煎でこと足りるくらいの量しか売れませんでしたから」という通り、突然の変化に戸惑うお客も少なくなかった。それでも、半分以上は焙煎度を中煎り前後にして、豆のテロワールを感じてもらおうと努めた。

一方、カフェのメニューでは、豆の個性がダイレクトに出せるフレンチプレスで提案。現在は、ブレンド3種、シングルオリジン7、8種と幅広く、うち1、2種は希少なCOE(カップ・オブ・エクセレンス)入賞豆を置く。「まずは“コーヒーってこんな味だったの?”という印象を感じてもらいたい。たとえば、COEの優勝銘柄など希少な豆に出合ってほしくて、ランチのセットドリンクに付けたりもする。そんな無茶なことをしているのは、うちぐらいかもしれません(笑)」と越智さん。きっかけは何であれ、おいしいと思ってもらえれば価格にかかわらず豆を購入するお客も増える。この先、スペシャルティは伸びるという強気の想定が結果的に奏功した。
シングルオリジンのケニア・ルアライ880円。さわやかなシトラスの香りとベリーのような果実味が魅力
シングルオリジンのケニア・ルアライ880円。さわやかなシトラスの香りとベリーのような果実味が魅力


また、喫茶店文化が根強い土地柄もあって、創業当初はオーダーの9割が通常のコーヒーだったが、今ではエスプレッソ系のドリンクも多くを占めるようになった。「門脇さんへの憧れが原点ですから、エスプレッソは外せなかった。業務用の3連マシンを導入したのは、うちが四国で一番早かったと思います。でも最初は、1日にカプチーノ2杯しか出ないということもありました(笑)」。最初は不安な時期が何度もあったという。それでも、シアトル系カフェの普及などが思わぬ追い風となり、時代の流れに店の方向性が意図せず乗ったのは幸運だった。
エスプレッソ薫るティラミス(616円)。芳醇な味わいは、カフェロッソ直伝のレシピ
エスプレッソ薫るティラミス(616円)。芳醇な味わいは、カフェロッソ直伝のレシピ


■コツコツと積み重ねて得た信頼に応えるために
ボリュームたっぷりのキッシュランチ(1450円)は、松山椿店の人気メニュー
ボリュームたっぷりのキッシュランチ(1450円)は、松山椿店の人気メニュー

「生産者からロースターを経て、お客さんに提供するまでのストーリーと、素材への感謝がないとコーヒーの醍醐味は伝わらない」と、コーヒーを通した人と人との結びつきを強調する越智さん。10年以上かけてスペシャルティコーヒーという店の柱を定着してきたが、「専門的なカッピングの点数よりも、まったくコーヒーに興味のない人の素朴な感想が、お店にとって本来の評価」と、店のあり方においてもお客の立場を重視する姿勢が土台にある。そのため、できるだけ多くのコーヒーの個性を体験してもらおうと、卸先の開拓や出張コーヒー教室にも注力してきた。
松山椿店には、トレーニングルームを併設。開業希望者や豆の卸先まで、幅広くトレーニングを行う
松山椿店には、トレーニングルームを併設。開業希望者や豆の卸先まで、幅広くトレーニングを行う


その中で、「愛媛では最大の都会で、自分のコーヒーを世に問うフラッグシップショップとして、どうしても松山に店を作りたかった」という越智さんにとって、2016年に開業した松山椿店は一つの集大成ともいえる新拠点だ。何より特徴的なのは、1階を全面的にビーンズショップとしたフロア構成。それまでカフェのイメージが強かっただけに、「最初のころはどう使っていいかわからないというお客さんも多かったですね」というほど、斬新なスタイルは話題を呼んだ。カフェを主体に幅広い世代を受け入れる西条本店に対して、松山椿店は新興住宅街にあって、若い世代のお客を中心に新たなファンを広げている。

思わぬ苦境から始まり、紆余曲折を経て、自力で新境地を切り拓いてきた越智さん。2026年で20年の節目を迎え、今や四国を代表するスペシャルティコーヒー専門店と呼べる存在となったが、これからの店作りに迷いはない。「できるだけデイリーに使ってもらえるように、コーヒーに触れるきっかけを作って、草の根的に伝えていくのがうちのモットー。コーヒーに目覚めて以来、コツコツとやってきて、ここまで来られました。急激に得た人気や評判は長続きしないですし、積み重ねたことが自信につながっている。何回もあきらめかけたけど、店を信用してくれる方が増えたので、これからもコツコツ積み上げて応えるだけですね」
「いつか松山でコーヒーのイベントもやってみたいですね」という越智さん
「いつか松山でコーヒーのイベントもやってみたいですね」という越智さん


■越智さんレコメンドのコーヒーショップは「L PLUS」
次回、紹介するのは、愛媛県松前町の「L PLUS」。
「店主の坂本さんはもともとうちの常連さんで、アロマセラピストのお母さんが主催する宇和島のサロンに豆を卸していたご縁があり、独立してカフェを始めるにあたって立ち上げのお手伝いをさせてもらいました。坂本さん手作りのお菓子が人気で、おしゃれなメニューの見せ方や空間づくりは、自分も参考にしています。まだ新しいお店なので、今後の展開を楽しみにしています」(越智さん)

【BRANCH COFFEE】
●焙煎機/プロバット 25キロ(半熱風式)
●抽出/フレンチプレス、エスプレッソマシン(シネッソ)
●焙煎度合い/浅~深煎り
●テイクアウト/あり(858円~)
●豆の販売/ブレンド3種、シングルオリジン8種。100グラム935円~

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治

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