#9 初日の夜から舞踏会? 上流階級の人たちは、これが普通なのだろうか。|新川帆立

#9 初日の夜から舞踏会? 上流階級の人たちは、これが普通なのだろうか。|新川帆立

『このミス』大賞(『元彼の遺言状』)、山本周五郎賞(『女の国会』)受賞作家・新川帆立の最新作は、恋と魔法の学園ファンタジー『魔法律学校の麗人執事』!

12月24日『魔法律学校の麗人執事3 シーサイド・アドベンチャー』の発売を記念して、試し読みを全12回でお届けいたします。

*   *   *

4 椿

 

 満月の夜、大講堂はきらめきで満ちていた。中央のシャンデリアには、玉虫色に輝くオパールが贅沢にあしらわれている。ろうそくには魔法の火が灯り、色とりどりのステンドグラスを内側から照らしていた。

 (うっわあ、すごい)

 午前中に入学式をしていた大講堂が、夜には一変していた。椅子はすべて取り払われ、新入生歓迎舞踏会(ウェルカム・ボール)の会場になっている。

 正面の壇上にはオーケストラの楽器がそろっている。魔法で楽器は動いているらしく、演奏者の姿はなかった。まるで幽霊たちの演奏会みたいだ。

 音楽に合わせて、何組もの男女がスローワルツを踊っていた。制服のスカートの裾がひらりひらりと揺れている。

 こんなにきらびやかな世界があるのだろうか。ヨーロッパ貴族の社交界みたいだ。

「マリス様よ!」と誰かが叫んだ。

 場の雰囲気が一変し、色めき立った。磁石に吸いよせられる砂鉄のように、ものすごい勢いで女の子たちが集まってきた。マリスは女の子たちに囲まれて、勝ち誇ったような微笑を浮かべた。

「マリス様、私と踊ってください」「いや、私と!」

 媚びを含んだ声があちらこちらからあがる。

 すっごいモテている。こんなにモテることある? ってくらいのモテっぷり。

 マリスは、モテて当然と言わんばかりにフッと笑って言った。

「強欲な〈女淫魔(サキュバス)〉どもめ。俺様と踊ろうなんて百年早いぜ」

 女子生徒たちが「キャーッ!」と歓声をあげた。「さすがマリス様!」「お話しできて光栄です」「いえ、マリス様の視界に入れて、私は、私は……」と泣き出す者までいる。

 私は驚きのあまり、目を見開いた。「何? 何が起きてるんです?」

 ご、強欲なサキュ……サキュバス? 

 悪口というか、罵倒というか、失礼な呼び方じゃないのか? それなのに女の子たちはマリスにののしられて歓喜している。早々に泣き出した女の子は胸を押さえながら「いただきました! ありがとうございます!」と絶叫に近い声をあげる始末だ。

「チッ、面倒くせえな」マリスは不機嫌を隠しもせずに言った。「俺はもう行く。お前たちの相手をするほど暇じゃない。言づては、この執事が受けつける」と、私の肩を叩いた。そして私にしか聞こえない小声で「あとはお前がどうにかしろ。これは命令だ」と続けた。

「ええ、マリス様、行かれてしまうの?」悲鳴にも似た声があちこちであがるのに構わず、マリスはらせん階段を通って中二階へと消えていった。

 嵐が去ったようだった。残された女子生徒たちは、一メートルほど離れたところに固まって、私をまじまじと見た。

「あの人がマリス様の執事?」「マリス様って執事がいたっけ?」「さあ」「あんな貧乏くさい感じの男が、条ヶ崎家の使用人なのかしら」

 コソコソ話しているつもりかもしれないが筒抜けだった。見世物になるのも馬鹿らしくて、自ら申し出た。

「マリス様にご用がある方は、私にお声かけください」

 意を決したように、一人の女子生徒が近づいてきた。

 豊かなロングヘアをハーフアップにした、本当に可愛い女の子だった。

「あなた、マリス様の執事なんですってね?」

 と、小首をかしげてみせる。

 か、可愛い……。息が止まりそうだった。

 可憐で上品、それなのに華やかだった。本物のお嬢様というのは、こういう子を言うのだろう。ワンピースタイプの学園の制服がこれほど似合う人もいない。

 いいなあ、こういう子に生まれたかった ――と思った。

 レースやリボンが似合う女の子に、昔から憧れていた。私は身長が高いし、筋肉質だから、女子として学園に入っても、あの制服は似合わなかっただろう。

「はい、私が執事ですが」

「私は如月スミレと申します。以後お見知りおきを」

 スミレと名乗った女の子は、スカートをちょっとつまんで、恭しく礼をした。

「あなたのお名前は?」

「野々宮椿です」

 何気なく答えた瞬間、空気が凍りついた。

「ヒィッ」か細い声がスミレの口からもれた。もともと大きい目が見開かれ、驚愕のお手本のような顔をしている。

「じゃ……あ、あ、あなたが、魔力ゼロの!」

 深呼吸をして、それでも息も絶え絶えといった様子で、スミレは言った。

「私はこれで、失礼します。あなたのような方とは、お話が合わない気がいたしますの」

 スミレは取り巻きの女子を数人引きつれて、私から離れていった。近くでたまっていた他の女の子たちも、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 訳が分からなかった。魔力ゼロだから何だというのだろう。

 首をかしげながら会場を見渡した。

 生徒同士、声をかけたり、かけられたり、華やいだ雰囲気がひろがっている。青春って感じでおおいに結構だけど。それにしても入学初日の夜から舞踏会だなんて。学園の雰囲気についていけなかった。上流階級の人たちは、これが普通なのだろうか。

 私が歩くと、さっと道があく。避けられているのが分かった。この状況でマリスへの言づても何もないだろう。会場内にいたところで邪魔になるだけだった。

 ため息をついて裏口から外に出た。石段の上に腰かけて、風に揺れる木立をぼんやりと見つめていた。

 (別世界にきちゃったな……)

 制服のポケットから、銀色に輝くリップスティックを取り出した。

 (早緒莉ちゃん、元気かなあ)

 私はしばらくぼんやりしていた、どれくらい経っただろう。

 脇から「あのう」と声がかかった。慌ててリップスティックをポケットに押し戻す。他の生徒に見られるといけないから、今後は鞄の内ポケットに入れておこうと思った。

 顔をあげると、くせ毛を三つ編みにした童顔の女の子がこちらを見ていた。

「あなた、マリス様のヒツジなんですってね。こちらをマリス様に渡してください」

 と、桃色の封筒を押しつけてきた。

 彼女の手は震えていた。封筒の差出人欄には丁寧な文字で「風間琴子」と書かれている。封の部分には、ハート形のシールまで貼られていた。

 明らかにラブレターのたぐいだ。

「あれ、あなた、ヒツジなんですよね?」

「いや、えーっと、はい。シツジです」

 手渡された手紙と、女子生徒の顔を交互に見た。そばかすだらけの鼻に、丸い眼鏡をかけている。レンズの奥で、黒目がちな瞳がキョドキョドと動いた。

「でも不思議よね。貴人にお仕えする人のことをどうして『羊』って呼ぶのかしら。神の子羊、神にささげる生贄ってことなのかしら?」

「いやだから、ヒツジじゃなくて、シツジですよ?」

「えー? 何をおっしゃってるの」琴子は口元に手をあててクスクスと笑った。

 ダメだ、どう説明してもこの子には通じない気がする。

 これはいわゆる――天然ってやつなのか。

「あーあ、マリス様が神様なら、私、喜んで羊になっちゃうのになあ」

 などと、のんびり話している。

「あんな男、やめといたほうがいいんじゃないですか」

 私はそう言ってから、あ、と口を手でおおった。

 つい、思ったことをそのまま言ってしまった。あれほど上から目線で粗暴な男と付き合ったら、大変なことになるぞ。やめておいたほうがいい――と、説得したい衝動に駆られたのは事実だ。

 主人を悪く言うのはよくないし我慢したつもりでいた。しかしうっかり心の声がもれてしまったようだ。

配信元: 幻冬舎plus

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