ポケモンともコラボ?ダニエル・アーシャムとは。時間を彫刻する現代美術家

Daniel Arsham Stormtrooper Daniel Arsham Stormtrooper, Public domain, via Wikimedia Commons.

初めて彼の作品を目にすると、多くの方が驚くはず。そこにあるのは、まるで遠い未来の考古学者が発掘したかのような、風化した彫刻だからです。

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スマートフォンやカメラといった私たちの日常に身近なアイテムが、火山灰や水晶に覆われ、数千年前の遺物のように朽ち果てた姿で表現されています。その不思議な光景は、「これは未来なのか、それとも過去なのか?」と見る人に問いかけてきます。

アーシャムの魅力は、こうした独特の美学だけではありません。彼は彫刻にとどまらず、建築やパフォーマンスといった分野の境界を軽やかに越えながら、「時間とは何か」という根源的なテーマを作品を通して提示し続けています。

本記事では、ダニエル・アーシャムの歩みを簡単にたどりながら、彼の作品がどのような点で評価され、なぜ世界中から注目を集めているのかを、初心者の方にもわかりやすくご紹介していきます。

ハリケーンが形作った芸術観

ダニエル・アーシャムの芸術的な視点を理解するうえで、欠かせないのが幼少期の体験です。 彼は1980年にアメリカ・オハイオ州クリーブランドで生まれ、その後フロリダ州マイアミで育ちました。

1992年、アーシャムが12歳のとき、人生を大きく変える出来事が起こります。大型ハリケーン「アンドリュー」によって、彼の家が破壊されてしまったのです。この災害によって、少年だったアーシャムは、「壁の中には何があるのか」を文字どおり目の当たりにすることになります。
自然の圧倒的な力によって建物の内部構造がむき出しになり、人間が時間をかけて築いたものが一瞬で壊れてしまう――その光景は、彼の心に強く刻まれました。この体験が、後にアーシャムの作品全体を貫くことになる、建築への強い関心や、物質のはかなさへの探究につながっていきます。

その後、マイアミのデザイン・アンド・アーキテクチャー高等学校で学んだアーシャムは、全額奨学金を得てニューヨークのクーパー・ユニオンへと進学します。

クーパー・ユニオンは、美術と建築を学ぶ学生が同じ工房を共有するという、少し変わった教育環境で知られています。この経験が、ジャンルの枠にとらわれないアーシャムの学際的なアプローチの土台となりました。

2003年に卒業した後、彼は再びマイアミへ戻り、仲間のアーティストたちとともに「The House(ザ・ハウス)」というアーティスト主導のスペースを立ち上げます。ここでの活動をきっかけに、2004年、パリの名門ギャラリーであるGalerie Emmanuel Perrotin(ギャルリー・エマニュエル・ペロタン)のディレクターと出会い、翌2005年には同ギャラリーの専属作家となりました。

この出会いを境に、ダニエル・アーシャムは国際的なアーティストとして、大きく羽ばたいていくことになります。

舞台デザインから始まった協働の道

ダニエル・アーシャムのキャリアにおいて、大きな転機となったのが舞台デザインとの出会いです。 2004年、伝説的な振付師であるマース・カニンガムが、新作《アイスペース》の舞台デザインを依頼するため、アーシャムに声をかけました。

当時のアーシャムはまだ24歳で、舞台デザインの経験はまったくありませんでした。そのため、この依頼を受けたときは、驚きを隠せなかったといいます。

というのも、カニンガムのダンスカンパニーで舞台デザインを手がけてきたのは、ロバート・ラウシェンバーグやアンディ・ウォーホルといった、現代美術史に名を残す巨匠たちだったからです。結果的にアーシャムは、このカンパニーにおいて史上最年少の舞台デザイナーとなりました。

カニンガムとの協働は、アーシャムの創作方法に大きな影響を与えます。カニンガムは、振付・舞台デザイン・音楽をそれぞれ独立して制作し、本番で初めて組み合わせるという、非常に実験的な手法をとっていました。

舞台デザイナーに与えられる情報は、公演の時間と場所のみ。彼から提示された条件は、「可燃性の素材を使わないこと」と「ダンサーを傷つけないこと」、この2点だけでした。

この最低限の制約と大きな自由のバランスは、アーシャムにとって「解放的でありながら、同時に制限も感じる」独特の体験だったといいます。2007年にマイアミの舞台芸術センターで初演された《アイスペース》の舞台デザインは高く評価され、のちにアメリカの美術館の永久コレクションとして収蔵されました。

その後アーシャムは、約5年間にわたりカニンガムのダンスカンパニーとともに世界ツアーを行います。オーストラリア、フランス、アメリカ各地で公演を重ね、2009年にカニンガムが亡くなる直前まで協働を続けました。結果としてアーシャムは、カニンガムと最後にコラボレーションしたアーティストとなったのです。

カニンガムの死後も、アーシャムの舞台芸術への関心は途切れることはありませんでした。カニンガムの元ダンサーであるジョナ・ボケールとの協働では、《レプリカ》や《ホワイ・パターンズ》といった作品を発表します。

これらの舞台では、巨大な白い立方体や紙のシートが用いられ、アーシャム自身やダンサーがそれらの構造物を侵食したり、動かしたりすることで、空間と時間の関係性が探究されました。

舞台での経験は、のちのアーシャムの彫刻やインスタレーション作品にも深く影響し、彼独自の「時間を可視化する表現」へとつながっていきます。

配信元: イロハニアート

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