アーシャムの色覚異常と古典彫刻との対話
ダニエル・アーシャムの「時間」への探求は、現代のオブジェクトだけにとどまりません。2020年1月から3月にかけて、パリのペロタン・ギャラリーで開催された《パリ、3020》展では、古典彫刻に焦点が当てられました。
《パリ、3020》展の開催
この展覧会のために、アーシャムは200年以上の歴史を持つフランスの国立鋳造工房への特別なアクセスを許可されます。つまり、ルーヴル美術館やアクロポリス博物館、ウィーン美術史美術館などが所蔵する名作彫刻の型やデータをもとに、作品を制作することが可能になりました。現代のアーティストが、これほど直接的に美術史の「正典」に触れることは、決して一般的なことではありません。
《ブルー・カルサイト・エロデッド・ミロのヴィーナス》や《ブルー・カルサイト・エロデッド・モーゼ》といった作品では、西洋美術を象徴する古典彫刻が、青い方解石や薔薇色の水晶に覆われ、未来から発掘された遺物のような姿へと再解釈されています。
これらの彫刻は、ハイドロストーンという素材で原寸大に鋳造された後、表面をノミで一つひとつ侵食し、最後に結晶化の工程が加えられます。非常に手間のかかる制作過程を経ることで、作品には人工物でありながら、長い時間を生き延びてきたかのような存在感が宿ります。
古代彫刻から感じるアーシャムの「色覚」
ここで興味深いのが、アーシャム自身が部分的な色覚異常を持っているという点です。2016年頃まで、彼の作品の多くは白を基調としたモノクロームで制作されていました。しかし、視力矯正用のレンズを手に入れたことをきっかけに、彼の世界に見える色彩が広がり、作品にも少しずつ色が取り入れられるようになります。
《パリ、3020》展で使われた淡いブルーやピンク、ダークグレーといった色合いは、古典彫刻が本来は色彩豊かだったという学術的な知見への言及でもあります。同時に、それらの色は、彫刻が内側から侵食され、変質していく様子を静かに示唆しています。
展示空間においても、アーシャムは美術館的な演出を意識的に取り入れています。高い台座、薄暗い照明、入れ子状に配置された展示室――これらは、私たちが「美術館らしい」と感じる要素そのものです。彼はそうした手法を借用することで、美術館という制度が、どのように作品を価値あるものとして位置づけてきたのかを、さりげなく問いかけています。
古代の彫刻を未来の遺物として提示する《パリ、3020》展は、アーシャムの「フィクショナル・アーケオロジー」という考え方が、単なるスタイルではなく、美術史そのものと向き合うための方法であることを、はっきりと示しているのです。
ポケモンとのコラボレーション
ダニエル・アーシャムの作品が、これまで美術館にあまり足を運ばなかった人々にも広く知られるようになったきっかけの一つが、ポケモンとのコラボレーションです。2020年、ポケモンカンパニーは、現代美術家に対して初めて公式に著作権を開放し、アーシャムとの前例のないパートナーシップが実現しました。
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同年6月から8月にかけて、東京・渋谷のナンヅカギャラリーとパルコミュージアムトーキョーで開催された《レリックス オブ カントー スルー タイム》展では、ピカチュウやゼニガメ、ヒトカゲといったおなじみのポケモンたちが、未来の遺物として登場します。
それらは黄鉄鉱や透石膏、ガラス、水晶、ブロンズといった素材で制作され、まるで何千年もの時を経て発掘された彫刻のような姿をしていました。
2022年2月には、ポケモンプロジェクトの第3弾となる《ア・リップル・イン・タイム》が、東京の5つの会場で同時開催されます。
ナンヅカ・アンダーグラウンドでは、ポケモン・テレビシリーズの総監督を務める湯山邦彦との協働によるアニメーション作品が上映されました。この映像作品は、完成までに2年以上をかけて制作され、アーシャム自身もストーリーボードや世界観の構築、登場するポケモンの選定に深く関わっています。
また、草月プラザでは、彫刻家イサム・ノグチによる石庭の周囲に、ピカチュウやカラカラといったポケモンの彫刻が配置されました。日本の伝統的な空間と、現代のポップカルチャーが静かに共存するこの展示は、多くの来場者に強い印象を残しました。
こうした取り組みは、2023年に発表された高級ジュエリーブランドとの《ティファニー・アンド・アーシャム・スタジオ・アンド・ポケモン》カプセルコレクションへと発展します。
酸化スターリングシルバーや18金ゴールドにダイヤモンドをあしらったペンダントやネックレスは、アーシャムの彫刻作品に見られる結晶化した質感をそのまま身につけられる形にしたものです。
ポケモンという世界中で愛されてきたキャラクターと、アーシャムが一貫して追い続けてきた「時間」というテーマが融合したこれらのプロジェクトは、彼の作品が持つ魅力が、美術の枠を超えて多くの人に共有できるものであることを示しています。
難解になりがちな現代美術を、親しみやすい入口から体験させてくれる点も、このコラボレーションの大きな意義と言えるでしょう。
