家族への「ありがとう」が終末期の逆転ホームラン
逆にとても大事にされ、「このおばあちゃん、どうしてこんなに人気があるのかなぁ」と思う方が時々います。こういうおばあちゃんを見ていると、「いいんだよ、いいんだよ。それで間違ってないよ」と絶対に怒らない。「今のあなたでいいんだよ」と言ってくれる、自分を認めてくれるおばあちゃん。孫にもひ孫にも、もちろん子どもにもめちゃめちゃ愛されますよね。
応援して、ほめてあげて、認めてあげられる人。こういう人は人気があるし、もちろんお金を持っているかどうかなんて関係なく人が集まってきます。
逆に社会的地位のある人に多いのは、「なんで俺の言う通りにしない」と子ども、孫にまで言うので、お金がなくなったら誰も寄ってきません。
人は一人ひとり違います。違う人間なのだから違うに決まっているのです。部下と上司はもちろん、親子、兄弟姉妹だって近いけれど全員違う。家族なのに「違う、違う」とケンカしたり、すったもんだ離婚したりしている。違う人なんだから違うに決まっています。
エラい人ほどそれを忘れて、「自分と同じ考えじゃないとダメ」になってしまっている。そしてひとりぼっちになって死んでいくのです。
「生き方」が死ぬときに出てくる。「生き方」が「死に方」だと言えるでしょう。
死んでいくというとき、家族にも誰にも相手にしてもらえない人もいれば、「がんばれ、がんばれ」と言われる人もいます。あまり「がんばれ」と言われすぎてつらい人もいますが……。
僕のところにやってくる人は、「もう治療したくない」「退院して家に帰りたい」という希望を家族が受け入れてくれた人たちです。家族が、「いいよ、萬田先生に手伝ってもらって退院しよう」と言って認めてくれたのです。人を認める生き方をしてきた人は、自分も認めてもらえる。つまり、いい生き方をした人だけが僕のところに来ると信じています。だから、僕がアドバイスするだけでなんとかなる。ちゃんと死ねます。
ちゃんと生きてきた人が、ちゃんと最後まで生きられる。ちゃんと生きていない人が、いきなり最後だけよくしよう、なんて無理があります。大逆転なんてあり得ない。
ただ、もし大逆転の可能性があるとすれば、家族に「ありがとう」と言ってみること。第一章で紹介した50歳男性の家族のように、ひょっとして家族との関係性が変わるかもしれません。
僕は、たくさんのすばらしい生き方を目撃してきました。いい生き方をした人たちは、みんないい死に方ができます。
いい生き方とは、人生の長さではありません。
人が死んでいくとき、自分の人生を家族や友人、誰かと一緒に振り返れば、みんな「いい人生だった」と言います。50歳でも、10歳でも、言います。
両親が「パパとママの子に生まれてきてくれてありがとうね」っていっぱい伝えていれば、4歳の子どもでも言います。「僕はパパとママの子どもに生まれてきてよかった」と。


