#10 あんたなんてすぐにクビになるでしょうから。クビになる前にイジメぬいてやるわ。|新川帆立

#10 あんたなんてすぐにクビになるでしょうから。クビになる前にイジメぬいてやるわ。|新川帆立

『このミス』大賞(『元彼の遺言状』)、山本周五郎賞(『女の国会』)受賞作家・新川帆立の最新作は、恋と魔法の学園ファンタジー『魔法律学校の麗人執事』!

12月24日『魔法律学校の麗人執事3 シーサイド・アドベンチャー』の発売を記念して、試し読みを全12回でお届けいたします。

*   *   *

 

 取り繕う言葉を探していると、琴子は顔を真っ赤にして言った。

「なんでですかッ! マリス様は世界一素敵なのに!」

「す、素敵? ですかね。まあ、そうですかね」

 首をかしげながら言葉をにごした。確かに、同級生に向ける顔にはかすかな優しさが宿っていたし、素敵と言えなくもない。だけど、私を含め使用人に対する態度を考えると、素直に認められなかった。

「三年前からずっと、お慕い申しあげているんです。中等部一年の遠足で、スイスのレマン湖に行ったんです。二人一組でボートに乗ろうってことになったんですけど、パッとしない私はペアからあぶれてしまって。一人おいていかれて途方に暮れていました。そんなとき、どこからともなくマリス様がやってきて『一緒に乗るか?』って誘ってくれたんです。私はもう、本当に嬉しくって……」琴子は目を潤ませながら語った。

 どうせマリスは、女の子たちに群がられるのが面倒で、どこかに逃げていたのだろう。もう皆が出発したと思って出てきたら琴子が一人残されていた。体裁を気にする彼は、琴子を無視するわけにもいかず声をかけた。だいたいそういう流れだろうと推測できた。

「まあ、そのあと、マリス様を独り占めした罪で、女の子たちにめちゃくちゃイジメられたんですけどね」

 涙を拭いながらも、琴子は誇らしげに微笑んだ。

 恋する乙女は強いなあとしみじみ思った。苦笑しながら言った。

「でも、そういうことなら、私を介さずに、直接マリス様に手紙を渡したほうがいいんじゃないですか?」

 そっか、と琴子は言った。「それもそうですね」

「言づてを受けるよう、私はマリス様からおおせつかっています。でも皆さんが、マリス様に直接話しかけちゃいけないなんて、そんなルールはないでしょう?」

 女の子たちに話しかけられるのが嫌でマリスは逃げたのだろう。でもそんなこと、知ったことじゃない。乙女の純情くらい自分で引き受ければいいんだ。

「直接渡したほうが、気持ちも伝わるかな」琴子が照れくさそうに笑った。「あなた、そんな取り計らいをしてくださるなんて、いい人ですね。エクセレント・リストでビリなのがもったいない」

 琴子は熱っぽく言うと「それじゃあ」と頭をさげて、立ち去っていった。

 エクセレント・リスト? 

 一体何のことだろうと首をひねった。だが、その瞬間、自分の手に琴子の手紙が握られていることに気づいた。

「あっ、琴子さん。手紙!」

 琴子を追いかけた。本当にうっかりした人だ。手紙は自分で渡すということで決着したのに、当の手紙を忘れていくんだから。

 急いで哲学広場に出た。見渡して、琴子の姿を探した。路地に入っていく背中が見えた。

「手紙、忘れてますよ!」

 声を張りあげながら足を動かし続けた。素早く哲学広場を横切る。路地に飛び込もうとしたところで足を止めた。路地の先、暗がりから女の子の声がしたのだ。

「あんた、キョド子の分際で、よくも抜け駆けしたわね」

「抜け駆けだなんて、そんな!」

「マリス様の執事に、手紙を渡そうとしてたでしょ。体よく断られちゃってさ。あんたのラブレターなんて門前払い。マリス様が目にすることすらないんだから」

 ドンッと、物騒な音がした。慌てて路地をのぞき込んだ。

 琴子が壁にへたり込んでいる。「キョド子」というのは琴子の蔑称だったのか。

 そして琴子を追いつめているのは――如月スミレだった。

 先ほど舞踏会会場で話しかけてきた、ひときわ美しい少女だ。数人の女の子を引きつれて、女王然と琴子を見おろした。

 月明りに照らされた白い顔は冷たく歪んでいた。片手に持った法杖を、ドンッと琴子のすぐ横に叩きつけた。魔法なのか、小さい火花が散った。

 キャッ、と琴子が悲鳴をあげた。

 気づいたときには、私は飛び出していた。

 琴子とスミレのあいだに割り込み、瞬時にスミレの手首を握った。少し力を入れただけで、スミレは法杖を取り落とした。

「あんた、何よ! 何するの!」

 金切り声をあげながら、スミレは自由なほうの手でビンタをしようとした。

 軽くよけ、足をスミレの脚にかけて、後ろに引き倒した。腕でスミレの肩を押さえつけ、片脚でスミレの腰を固定した。

「誰が誰に手紙を渡そうと、自由でしょう。ほら、琴子さん、これを」

 半身をよじって、背後で固まっている琴子に手紙を差し出した。琴子はあ然とした顔で手紙を受け取った。

「スミレさんに何をするんですか」取り巻きの女の子たちがいきりたって距離を詰めてきた。

「みんなまとめて相手してもいいですよ?」

 注意深く女の子たちを見た。四人いるが魔法を繰り出す気配はない。それなら大丈夫だ。男にだって負けないのに、女の子に負けるとは思えなかった。

「あんた、離しなさいよ」

 身体の下からスミレの声がした。

「男が、女の子にこんなことして、恥ずかしくないの?」

 ハッとして身体を離した。「ごめん、なさい」

 つい女同士のつもりで手を出してしまった。だけど今、私は男だった。客観的には、男子生徒が女子生徒を組み伏せているように見えただろう。

 スミレは髪の毛を片手で整えながら、すっくと立ちあがった。先ほどまで地面に転がっていたのを帳消しにするような、実に堂々たる態度だった。

「よくも私を、こんな目にあわせたわね」

 はばかることのない憎悪の色が、スミレの顔に浮かんでいた。

「マリス様の執事だから、優しくしてさしあげようと思ったけど、もうやめた。あんたなんてすぐにクビになるでしょうから。クビになる前にイジメぬいてやるわ。マリス様にチクるような、女々しいことはやめなさいよ」

「へえ」間の抜けた声が出た。「私をイジメるんですか」

「何がおかしいのよ! ニヤニヤしちゃって」

 新鮮な感慨に打たれていた。一般地区にいた頃は、私をイジメようとする人なんていなかった。

 女子には頼りにされていたし、男子には怖がられていた。

「あんたなんて、エクセレント・リストでビリの、底辺男のくせに!」

「その、エクセレント・リストってのは、何ですか?」

「あんたみたいなド庶民は知らないのね。教えてあげるわよ。いい?」

 ふふ、とスミレは笑った。

「この学園で一番大事なのは恋愛なの。それも、いかに魔法の才能がある相手をつかまえるか。この一点に学園生活のすべてがかかっている。魔力量は遺伝するからね。少しでも魔力量が多い家系と婚姻関係を結ぶ必要がある。中等部までは男女交際が厳格に禁じられていたから、高等部に入った途端、皆が皆、将来の相手探しに躍起になるのよ。高等部入学を『社交界デビュー』って呼ぶくらいだもの。そしてお相手選びの基準になるのが、今日の入学式で発表された魔力量の順位、通称『優良物件(エクセレント)リスト』よ。あんたみたいなビリは、もはや事故物件だけどね!」

 スミレはこちらを指して、ホホホホッと高笑いした。

 こんなに典型的に嫌な女が現実にいるんだ……と、しみじみ感じ入った。私は勉強も運動もできたから、一般地区でこういうタイプの女に遭遇しなかった。

「事故物件か。なるほど、うまいこと言いますね」

 淡々とした口調で答えた。どうののしられようとも別に傷つかなかった。魔法の世界の価値観はよく分からない。魔力がないのも魔法が使えないのも仕方ない。多少恥ずかしいけど、だからどうってこともない。

「涼しい顔をしていられるのは今だけよ」

 と、お手本のような捨て台詞を残して、スミレたちは去っていった。

配信元: 幻冬舎plus

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