『このミス』大賞(『元彼の遺言状』)、山本周五郎賞(『女の国会』)受賞作家・新川帆立の最新作は、恋と魔法の学園ファンタジー『魔法律学校の麗人執事』!
12月24日『魔法律学校の麗人執事3 シーサイド・アドベンチャー』の発売を記念して、試し読みを全12回でお届けいたします。
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取り繕う言葉を探していると、琴子は顔を真っ赤にして言った。
「なんでですかッ! マリス様は世界一素敵なのに!」
「す、素敵? ですかね。まあ、そうですかね」
首をかしげながら言葉をにごした。確かに、同級生に向ける顔にはかすかな優しさが宿っていたし、素敵と言えなくもない。だけど、私を含め使用人に対する態度を考えると、素直に認められなかった。
「三年前からずっと、お慕い申しあげているんです。中等部一年の遠足で、スイスのレマン湖に行ったんです。二人一組でボートに乗ろうってことになったんですけど、パッとしない私はペアからあぶれてしまって。一人おいていかれて途方に暮れていました。そんなとき、どこからともなくマリス様がやってきて『一緒に乗るか?』って誘ってくれたんです。私はもう、本当に嬉しくって……」琴子は目を潤ませながら語った。
どうせマリスは、女の子たちに群がられるのが面倒で、どこかに逃げていたのだろう。もう皆が出発したと思って出てきたら琴子が一人残されていた。体裁を気にする彼は、琴子を無視するわけにもいかず声をかけた。だいたいそういう流れだろうと推測できた。
「まあ、そのあと、マリス様を独り占めした罪で、女の子たちにめちゃくちゃイジメられたんですけどね」
涙を拭いながらも、琴子は誇らしげに微笑んだ。
恋する乙女は強いなあとしみじみ思った。苦笑しながら言った。
「でも、そういうことなら、私を介さずに、直接マリス様に手紙を渡したほうがいいんじゃないですか?」
そっか、と琴子は言った。「それもそうですね」
「言づてを受けるよう、私はマリス様からおおせつかっています。でも皆さんが、マリス様に直接話しかけちゃいけないなんて、そんなルールはないでしょう?」
女の子たちに話しかけられるのが嫌でマリスは逃げたのだろう。でもそんなこと、知ったことじゃない。乙女の純情くらい自分で引き受ければいいんだ。
「直接渡したほうが、気持ちも伝わるかな」琴子が照れくさそうに笑った。「あなた、そんな取り計らいをしてくださるなんて、いい人ですね。エクセレント・リストでビリなのがもったいない」
琴子は熱っぽく言うと「それじゃあ」と頭をさげて、立ち去っていった。
エクセレント・リスト?
一体何のことだろうと首をひねった。だが、その瞬間、自分の手に琴子の手紙が握られていることに気づいた。
「あっ、琴子さん。手紙!」
琴子を追いかけた。本当にうっかりした人だ。手紙は自分で渡すということで決着したのに、当の手紙を忘れていくんだから。
急いで哲学広場に出た。見渡して、琴子の姿を探した。路地に入っていく背中が見えた。
「手紙、忘れてますよ!」
声を張りあげながら足を動かし続けた。素早く哲学広場を横切る。路地に飛び込もうとしたところで足を止めた。路地の先、暗がりから女の子の声がしたのだ。
「あんた、キョド子の分際で、よくも抜け駆けしたわね」
「抜け駆けだなんて、そんな!」
「マリス様の執事に、手紙を渡そうとしてたでしょ。体よく断られちゃってさ。あんたのラブレターなんて門前払い。マリス様が目にすることすらないんだから」
ドンッと、物騒な音がした。慌てて路地をのぞき込んだ。
琴子が壁にへたり込んでいる。「キョド子」というのは琴子の蔑称だったのか。
そして琴子を追いつめているのは――如月スミレだった。
先ほど舞踏会会場で話しかけてきた、ひときわ美しい少女だ。数人の女の子を引きつれて、女王然と琴子を見おろした。
月明りに照らされた白い顔は冷たく歪んでいた。片手に持った法杖を、ドンッと琴子のすぐ横に叩きつけた。魔法なのか、小さい火花が散った。
キャッ、と琴子が悲鳴をあげた。
気づいたときには、私は飛び出していた。
琴子とスミレのあいだに割り込み、瞬時にスミレの手首を握った。少し力を入れただけで、スミレは法杖を取り落とした。
「あんた、何よ! 何するの!」
金切り声をあげながら、スミレは自由なほうの手でビンタをしようとした。
軽くよけ、足をスミレの脚にかけて、後ろに引き倒した。腕でスミレの肩を押さえつけ、片脚でスミレの腰を固定した。
「誰が誰に手紙を渡そうと、自由でしょう。ほら、琴子さん、これを」
半身をよじって、背後で固まっている琴子に手紙を差し出した。琴子はあ然とした顔で手紙を受け取った。
「スミレさんに何をするんですか」取り巻きの女の子たちがいきりたって距離を詰めてきた。
「みんなまとめて相手してもいいですよ?」
注意深く女の子たちを見た。四人いるが魔法を繰り出す気配はない。それなら大丈夫だ。男にだって負けないのに、女の子に負けるとは思えなかった。
「あんた、離しなさいよ」
身体の下からスミレの声がした。
「男が、女の子にこんなことして、恥ずかしくないの?」
ハッとして身体を離した。「ごめん、なさい」
つい女同士のつもりで手を出してしまった。だけど今、私は男だった。客観的には、男子生徒が女子生徒を組み伏せているように見えただろう。
スミレは髪の毛を片手で整えながら、すっくと立ちあがった。先ほどまで地面に転がっていたのを帳消しにするような、実に堂々たる態度だった。
「よくも私を、こんな目にあわせたわね」
はばかることのない憎悪の色が、スミレの顔に浮かんでいた。
「マリス様の執事だから、優しくしてさしあげようと思ったけど、もうやめた。あんたなんてすぐにクビになるでしょうから。クビになる前にイジメぬいてやるわ。マリス様にチクるような、女々しいことはやめなさいよ」
「へえ」間の抜けた声が出た。「私をイジメるんですか」
「何がおかしいのよ! ニヤニヤしちゃって」
新鮮な感慨に打たれていた。一般地区にいた頃は、私をイジメようとする人なんていなかった。
女子には頼りにされていたし、男子には怖がられていた。
「あんたなんて、エクセレント・リストでビリの、底辺男のくせに!」
「その、エクセレント・リストってのは、何ですか?」
「あんたみたいなド庶民は知らないのね。教えてあげるわよ。いい?」
ふふ、とスミレは笑った。
「この学園で一番大事なのは恋愛なの。それも、いかに魔法の才能がある相手をつかまえるか。この一点に学園生活のすべてがかかっている。魔力量は遺伝するからね。少しでも魔力量が多い家系と婚姻関係を結ぶ必要がある。中等部までは男女交際が厳格に禁じられていたから、高等部に入った途端、皆が皆、将来の相手探しに躍起になるのよ。高等部入学を『社交界デビュー』って呼ぶくらいだもの。そしてお相手選びの基準になるのが、今日の入学式で発表された魔力量の順位、通称『優良物件(エクセレント)リスト』よ。あんたみたいなビリは、もはや事故物件だけどね!」
スミレはこちらを指して、ホホホホッと高笑いした。
こんなに典型的に嫌な女が現実にいるんだ……と、しみじみ感じ入った。私は勉強も運動もできたから、一般地区でこういうタイプの女に遭遇しなかった。
「事故物件か。なるほど、うまいこと言いますね」
淡々とした口調で答えた。どうののしられようとも別に傷つかなかった。魔法の世界の価値観はよく分からない。魔力がないのも魔法が使えないのも仕方ない。多少恥ずかしいけど、だからどうってこともない。
「涼しい顔をしていられるのは今だけよ」
と、お手本のような捨て台詞を残して、スミレたちは去っていった。

