組み立てる。|佐津川愛美

組み立てる。|佐津川愛美

覚悟はしていたはずなのに、思ったよりも大きな箱が届いたことに、少しだけひよっている自分がいた。

ネットでこのデスクチェアを選んだ決め手は、「少し大変だけど1人でも組み立てられました」というレビューだった。たった一文なのに、妙に説得力があった。同時に、「1人では大変なので、2人がおススメです」というレビューも並んでいる。なのに、数々の組み立てをこなしてきた私にはできるはずだと、謎の自信を持っていた。

床に部品を並べる。脚、キャスター、座面、背もたれ、ネジ。まだ形を持たない個々が、説明書の順番どおりに待っている。日本語の説明はなく、絵だけの説明書。アルファベットがそれぞれの部品に記されている。どれがどれなのか探し当てるのも私の仕事だ。絵だけとなると、世界共通の説明書なのか。言葉はなくとも理解する能力が我々にはあるんだなぁと思わされる。

 

ネジを締め、部品を重ね、締める。静かな作業だった。判断も、決断も、すべて自分の感覚に委ねられる。迷いながら手を動かしているうちに、椅子は少しずつそれっぽさが出てきた。積み重なっていく工程は地味だけれど、確実だ。

途中で、どうしても先に進めない瞬間が訪れた。

角度を変えても、持ち替えても、はまる気配がない。説明書を見直しても、間違っていることがわからない。あれだけ順調に進んできて、どこで間違えたのかわからない。もしかしたら向きが違っていたのかもしれない。間違えたーという明確な気持ちはなく、間違いを認められないうちに、半信半疑で外してつけかえる。あれ、なんか、こっちっぽい。やっぱり間違っていたのかもしれない。でも、まだわからない。

気づけばタイムリミットだった。どうしても外せない用事があり、作業はいったん中断。未完成の椅子を床に残したまま、家を出る。

数時間後、戻ってきて、もう一度同じ場所に座る。

すると不思議なことに、さっきまで噛み合わなかった部分が、すっと収まりはじめた。ネジはまっすぐ入り、力の入れ方も迷わない。まるで、今ならできる、と静かに許可が出たみたいだった。

一旦立ち止まり、空気を変えることで、進めることがある。気づかない間に、間違っていることもきっとよくあることなんだ。無理に続けていたら、もっとこじらせていたかもしれない。今を疑ってみたから、離れたからこそ見えた角度があった。人生も同じだなぁと思った。似たような場面が何度もある。疑うことは、止まることは、必ずしも後退じゃない。

最後のネジを締め終えたとき、派手な達成感はなかった。でも、確かな手応えが残った。迷い、止まり、それでも完成まで辿り着いたという事実が、静かに積み上がっている。

椅子に腰を下ろす。体を預けると、自然と力が抜けた。身軽さを優先してきたこれまでの椅子とは違い、そこに居ていいと思える安定感がある。

この椅子で、これから多くの時間を過ごすのだと思う。仕事をして、考え込み、行き詰まり、ぼーっとすることもしよう。方向を間違えたり、止まってしまったりすることも、きっとある。

それでも、一度離れて、空気を変えて、もう一度向き合えば、噛み合う瞬間はちゃんと訪れる。

少し大変でも、自分で選び、組み立てたものは、長く自分を支えてくれる。人生も、きっとそういうふうにできている。

【楽】椅子がかわいい熱海駅。毎回きゅんとする。

配信元: 幻冬舎plus

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