年末年始、久しぶりに家族親族が一堂に会するお正月。「そろそろ終活を」という話になり、その場の勢いでエンディングノートや遺言書を書こうという流れになる家庭も少なくありません。
しかし、「せっかくだから」と書いたその一筆が、のちに思わぬトラブルの火種になることがあります。お酒が入った状態で書いたり、「吉日」という日付の記載をしたりすれば無効となるリスクも。また、法的な効力を持つ「遺言書」と、想いを託す「エンディングノート」の境界線はどこにあるのでしょうか。
家族が集まる今だからこそ知っておきたい遺言書作成について、法的視点から解説します。
●エンディングノートと遺言書の法的な違い
まず整理しておきたいのは、エンディングノートと遺言書の違いは「法的効力の有無」にあるという点です。ただし、この違いは絶対的なものではなく、相対的なものです。
一般に、エンディングノートは、家族へのメッセージや、延命治療・介護の希望、葬儀の形式などを自由に記すためのものです。こうした内容は残された家族にとって重要な指針となりますが、それだけでは法的な拘束力はありません。
一方、遺言書は、民法で定められた厳格な方式に従って作成される法的文書です。たとえば自筆証書遺言の場合、民法968条により、全文、日付、および氏名を自書し、これに印を押すことが成立要件とされています。
注意すべきなのは、「エンディングノート」というタイトルの書面であっても、これらの法定の要件を満たしていれば、遺言としての効力が認められ得るということです。逆に「遺言書」というタイトルがついていても、自筆証書遺言の形式的な要件(日付などの自署や押印)を欠いてしまうと無効になります。
タイトルでその書面の効力が完全に決まってしまうわけではないのです。(もちろん、財産をどう残すかをきちんと法的に整理しておきたいという目的で書面を作成するなら、「遺言書」というタイトルにした方が良いです)
なお、遺言書には財産の処分方法だけでなく、付言事項として、家族への想いや葬儀の希望などを記載することもできます。ただし、付言事項には法的拘束力はないとされています。
書き直しの自由度を重視するのであれば、日常的な想いの整理にはエンディングノートを活用し、確実に法的効力を持たせたい財産承継については民法の要件を満たした遺言書を作成するという使い分けも良いかもしれません。

●お正月の作成に潜む「形式不備」と「遺言能力」のリスク
お正月に家族が集まった際、「せっかくだから今書いてしまおう」という流れになることもあるでしょう。しかし、ここには2つの注意点があります。
1つ目は「形式の不備」です。
自筆証書遺言は自分一人で書ける手軽さがありますが、ミスが許されません。よくあるのが日付の不備です。
判例では、「昭和四十壱年七月吉日」のように日付が特定できない記載は無効とされています(最高裁昭和54年5月31日判決)。なお、「令和◯年元旦」という記載については、一般には1月1日をさすことが明らかであり、日付が特定できるとして有効と考えられています(東京地裁平成27年11月2日など参照)。
ただ、このような日付の記載ですらかなり細かくチェックされるということからも、自筆証書遺言の形式の厳格さに十分注意すべきだとおわかりいただけるかと思います。
2つ目は「遺言能力」の問題です。
遺言が有効であるためには、遺言者がその内容と法的効果を理解できる「遺言能力」を有している必要があります(民法961条、963条参照)。
お正月で親族が集まり、お酒を飲んで盛り上がっている状況で遺言書を書いた場合、後になって「当時は酩酊状態で、正常な判断ができなかった(遺言能力がなかった)」として、遺言の無効を主張されるリスクが生じます。
もちろん、酒席で書いたから直ちに無効だ、とはならないのですが、トラブルの元になりますので、判断能力に疑義が生じるような状況での作成は避け、落ち着いた環境で作成するべきです。


