異端審問から火刑、そして復権
アデル・マルタン『ジャンヌ・ダルクの逮捕』, Public domain, via Wikimedia Commons.
オルレアンを解放し、その後もフランスのために進軍を続けたジャンヌでしたが、1430年にパリ近郊の町・コンピエーニュでの戦闘の際、ブルゴーニュ公の軍に捕まってしまいます。このブルゴーニュ公は、フランス王の親族でありながら、イングランド王と同盟を結んでいた人物でした。
当時の慣例として、敵軍に捕らえられた騎士は、身代金の支払いによって解放されることになっていました。しかし、フランス側はジャンヌのために身代金を支払いませんでした。
諸説ありますが、当時のフランスは金銭的に困窮しており、身代金を支払えなかったとされています。その後、ジャンヌはイングランド側に身柄を引き渡されてしまいました。
アデル・マルタンによる『ジャンヌ・ダルクの逮捕』という作品では、捕虜になったジャンヌが、毅然とした態度で2人の伯爵に立ち向かう姿が印象的です。
ジュール=ユジューヌ・ルヌユブ『ルアンの火刑台に立つジャンヌ・ダルク』, Public domain, via Wikimedia Commons.
逮捕されたジャンヌは、イングランド側によって「異端審問」にかけられました。
審問では、ジャンヌが聞いた「神の声」の真偽と、彼女の信仰心が疑われました。裁判にかけられたジャンヌは「異端」の判決を受け、火刑に処されることとなったのです。
1431年5月30日、ジャンヌはわずか19歳という若さでその命を落としました。処刑を担当した廷吏によれば、彼女は絶命する瞬間に大きな声で「イエス様」と叫んだと言います。ジャンヌが本当に異端者であれば、死の間際にイエス・キリストの名を呼ぶはずがありません。
異端の判決を受けたジャンヌでしたが、彼女の死後、裁判は再審され、キリスト教徒として復権しました。20世紀はじめにはカトリック教会の聖女となり、その名誉は回復したのです。
男装の異端者?それとも聖女?
ジョン・エヴァレット・ミレイ『ジャンヌ・ダルク』, Public domain, via Wikimedia Commons.
ジャンヌが異端者とされた大きな理由のひとつに、彼女が男装していたという事実がありました。イングランド側は、女性であるジャンヌに男装を進言するのは悪魔のすることである、と主張したのです。
その指摘において、ジャンヌは、戦場で兵士たちの性的欲求から自分を守るためには男装が必要であったと述べています。このように実用的で切実な理由があったにもかかわらず、イングランド側は彼女を異端者として断罪したのでした。
中世においてジャンヌは、イングランド側からは「魔女」などと呼ばれ、異端者といった醜悪なイメージを持たれていました。イングランドの劇作家ウィリアム・シェイクスピアも、自身の史劇の中でジャンヌを悪役として描いています。
それから数百年後、1865年に描かれたジョン・エヴァレット・ミレイの『ジャンヌ・ダルク』では、赤いスカートの上に鎧を着けたジャンヌがひざまずき、神に祈る姿が描かれています。
鎧に反射した光の表現や、ジャンヌの切実な眼差しが美しく表現されており、「異端者」や「魔女」といった禍々しいイメージは描かれていません。
戦場の凛々しさとも、火刑に処される際の哀れさとも異なるジャンヌの姿が表現された、心を打つ一枚です。
