「余白=隙間時間」ではなく、脳内のスペース
というように、40代の幸せって変数が多くて、複雑。仕事、家族、健康、将来への不安……。いくつものプロジェクトが同時進行しているなかで生きている私が、70代の方の持つ静かな余白や何もしない時間を真似しても、うまくいかない。
今進行しているプロジェクトは止められないし、休まらない。むしろ静かにしていると、私は不安になってしまうかもしれないという気さえします。
もちろん、私はまだ70代の世界を見ていないから、そこの精神世界を想像することしかできません。でもこの一年を通してはっきりしたのは、「人生のフェーズが違う」ということ。
そして、「余白を楽しむ」というのが「時間的な余白がほしい」のではない、とわかりました。
私が本当は欲しかったのは、何もない空白の時間ではなく、頭の中に散らばっていたたくさんの変数を、一度きちんと整理整頓すること。そのプロセスこそを、私は「余白」と呼びたかったのではないかと思うのです。
2025年を通して得た気づきは、「余白=隙間時間ではない」ということでした。
そういう意味で、2025年後半にはじめたポッドキャストで話すことやコラムを書くことはとてもいい役割を果たしてくれました。思考を言語化し、アウトプットすることで、頭のなかが少しずつ整理されていったのです。
時間的な余白はありません。でも、脳内にスペースが生まれていると感じます。
余白とは、もしかしたら「脳のメモリーを解放すること」なのかもしれません。広がってしまったメモリーを整理して、外に出していくこと。それこそが40代が求めていた「戦略的な余白」だったのだと思います。
2026年の目標は「人生をコントロール化におくこと」
40代の幸せは、とても複雑で、正直ちょっと重たい。でも私は、この混沌とした40代の幸せを、「人生というプロジェクト」として、ちゃんと経営していきたいと思っています。もし今、「余裕がないな」と感じているなら、意外かもしれませんが、アウトプットの時間をあえてつくってみるのもひとつの手です。書くこと、話すこと。頭の中にあるものを外に出すだけで、思考は少しずつ整っていきます。
2026年は、2025年の経験を土台に、感情や流れに任せるのではなく、戦略的な思考のもとで、自分の人生をコントロール下に置いていきたい。
思考が散らかっていると、自分で人生をコントロールできなくなっているような気がするんですよね。
2026年のテーマは、「自分の人生をコントロール下に置くこと」。ちゃんと状況を把握して、手綱を握っている感覚を大切にしたいと思っています。
<文/大木優紀>
【大木優紀】
1980年生まれ。2003年にテレビ朝日に入社し、アナウンサーとして報道情報、スポーツ、バラエティーと幅広く担当。21年末に退社し、令和トラベルに転職。旅行アプリ『NEWT(ニュート)』のPRに奮闘中。2児の母

