
【ストーリー】
物語の舞台は2020年、ニューメキシコ州の小さな町エディントン。コロナ禍で町はロックダウンされ、息苦しい隔離生活の中、住民たちの不満と不安は爆発寸前。
保安官ジョー(ホアキン・フェニックス)は、IT企業誘致で町を“救おう”とする野心家の市長テッド(ペドロ・パスカル)と“マスクをするしない”の小競り合いから対立し「俺が市長になる!」と突如、市長選に立候補する。
ジョーと現市長テッドの諍いの火は周囲に広がっていき、SNSはフェイクニュースと憎悪で大炎上。同じころ、ジョーの妻ルイーズ(エマ・ストーン)は、カルト集団の教祖ヴァーノン(オースティン・バトラー)の扇動動画に心を奪われ、陰謀論にハマっていく。
そんな中、住民たちは猜疑心と根拠のない批判や怒りに心を奪われ、さらに嘘が広がっていくと、町の各地で分断と小競り合いが起こり始めるのだった…。

■“人を不快にさせたい欲”のあるアリ・アスター監督が、ホアキン・フェニックスと再びタッグを組んで炎上スリラーに挑戦!
本作のメガホンをとったのは、『ヘレディタリー/継承』(2018年)で“21世紀最高のホラー映画”の称号を獲得し、続く『ミッドサマー』(2021年)で世界中から注目された天才アリ・アスター。3作目の長編『ボーはおそれている』(2023年)では、名優ホアキン・フェニックスとタッグを組み、母親が怪死したため帰省することになった中年男性が体験する“悪夢のような旅路”を描いたスリラー映画を世に送り出して話題となった。
新作『エディントンへようこそ』でもホアキン・フェニックスと再びタッグを組んだアリ・アスター監督。小さな町で起こる対立が住民を巻き込み、やがて取り返しのつかない暴力と崩壊の連鎖につながっていく炎上スリラー映画を完成させた。
近年のホアキンは『ジョーカー』(2019年)、『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』(2024年)のジョーカーや、『ボーはおそれている』で演じたいつも不安に怯えている心配性の中年男性・ボー、本作で演じた市長選に立候補する保安官ジョーなど怪演を見せる役柄が多いイメージ。個人的には探偵を演じた『インヒアレント・ヴァイス』(2014年)や甥っ子に振り回される中年男性を演じた『カモン カモン』(2022年)のホアキンの芝居も素晴らしかったので未見の方にはおすすめしたい。
そんな彼が本作で演じた主人公のジョーは、コロナ禍でもマスクをせず、仕事に出ても家に帰っても居場所がなく、孤独な生活を送っている寂しい男だ。ただ、妻のことは大事に思っている(ように見える)し、保安官としての正義感もある(途中までは)ため、最初は“なんでこの人みんなから嫌われているんだろう?”と不思議に思った。ところが徐々にジョーのダメな部分が明かされていくと、彼がなぜ孤独なのかがわかり納得した。

野心家の市長テッドを演じたのは、『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』(2024年)や『ファンタスティック4:ファースト・ステップ』(2025年)など超大作のメインキャストを務め、2026年公開予定の『スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー』や『アベンジャーズ/ドゥームズデイ』も控えているペドロ・パスカル。
正義感の強い善人役のイメージがあるペドロ・パスカルだが、本作で演じたテッドはデータセンター建設を推進するちょっと怪しげな市長(悪人ではない…はず)ということもあり、とても新鮮に感じた。
本作の大きな見どころの一つにジョーとテッドの対立シーンがある。冒頭からジョーがテッドに「マスクをつけろ」と注意されて不穏な空気に。そして市長選に立候補することになったジョーは、SNSを使ってテッドを貶めようと汚い作戦を実行。その後テッドの反撃が始まり、やがて二人の対決が徐々にエスカレートしていく展開がおもしろかった。名優二人の演技バトルを観られただけでも大満足である。

ジョーの妻ルイーズを演じたのは、『ラ・ラ・ランド』(2016年)で第89回アカデミー賞で主演女優賞を受賞し、その後も『女王陛下のお気に入り』(2018年)や『哀れなるものたち』(2023年)など話題作への主演が続くエマ・ストーン。
ジョーは過去に起きたつらい出来事が原因で精神が不安定になっている女性。ある日、陰謀論にハマっている母親の影響で自身もカルト集団の教祖を心酔するようになってしまう。最初はルイーズに冷たくされるジョーが可哀想に思えたが、彼女が抱える痛みや傷、トラウマを知ってからはジョーへのルイーズの態度にも納得できた。難役が続くエマだが、本作では今までに見たことがないような役柄にチャレンジしていたため、あらためて彼女の表現力の高さに驚いた。


カルト集団の教祖ヴァーノンを演じたのは、『エルヴィス』(2022年)でエルヴィス・プレスリーを演じて注目を集め、『デューン 砂の惑星PART2』(2024年)では冷酷で血に飢えた戦士役を好演したオースティン・バトラー。個人的には『デューン 砂の惑星PART2』でのサイコパス役も好きだったが、『ザ・バイクライダーズ』(2024年)の無口で荒くれ者のバイク乗り役が痺れるほどかっこよかったため、彼の次の出演作を心待ちにしていた。
そして2025年、楽しみにしていた本作を鑑賞したらこれまたカリスマ性のある変わった役を彼が演じていたため、心の中で“最高!!”と叫んでしまった。色気のある教祖役をオースティンに与えてくれてありがとうアリ・アスター監督!!


■主人公の保安官が静かに壊れていく姿に驚き、心をかき乱される作品
ジョーは町の人の安全を守るために働いているはずだが、信頼できる仲間がおらず、選挙運動は保安官代理のガイ・トゥーリー(ルーク・グライムス)とマイケル・クック(マイケル・ウォード) の協力を得ながら行うことに。冒頭から頑なにマスクをしないジョーを見てなんとなく“絡んだら面倒くさそうな人”という印象を受けたが、同じくマスクをつけてなくてスーパーを追い出された人の分まで買い物をしてあげるジョーの姿に、優しいところもあるじゃんと見直したりもした。
ところが妻とどんどんすれ違っていき、同時にテッドとの泥沼選挙戦を繰り広げていく中で、ジョーの本性が少しずつ露わになっていく。物語が進めば進むほどジョーに共感できなくなり、なんならテッドを応援したくなってきたころにとある事件が発生し、心は完全にジョーから離れてしまった。こんなにも主人公に感情移入できない映画は初めてかもしれない…。でも感情移入できないからこそ、主人公がどんどん暴走していく姿に驚きながらも客観的に楽しむことができ、ラストまでブンブンと思い切り振り回されることができたのかもしれない。
とはいえ物語の後半は、ジョーの暴走だけではなく、アンティファ(実在する反ファシスト、反人種差別の政治運動を行う活動家)が登場することで現実味が増し、恐怖で心をかき乱されたシーンもあった。さすがアリ・アスター監督である。本作のプロモーションで来日した際にも、監督はトークイベントで「観客が求める“安心”を拒否する。それが私のスタイルです」と語っていたのが印象的だった。

2020年代のアメリカの政治やソーシャルメディアの問題をアリ・アスター節全開で描いた本作。ぜひ劇場の大きなスクリーンで鑑賞してもらいたい。




文=奥村百恵
(C)2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.
※記事内に価格表示がある場合、特に注記等がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。

