父を見送る大切な日。二度とやり直しのきかないはずの葬儀で、思いもよらない不手際が続き、悔しさと情けなさが胸に残りました。これは、私が経験した忘れられない1日についての体験談です。
準備が整わないまま始まった葬儀
父が亡くなり、葬儀のために自宅から会場へ向かう準備をしていたときのことです。葬儀会社のスタッフから「あとの準備はすべてこちらでお持ちしますので、ご家族は先に現地へ」と言われ、その言葉を信じて会場へ向かいました。
ところが到着してみると、盛り飯(もりめし)がない。さらに司会者との打ち合わせもないまま式が始まってしまう状況でした。不安に思いスタッフへ確認すると、「誰か取りに帰れますか?」と言われ、あまりの対応に戸惑いを隠せませんでした。
本来なら父のためにしてあげたかったことが、打ち合わせ不足のまま次々と流されていき、式が終わるころには複雑な思いだけが残りました。
心を追いつめるような“儀式”の指示
式の最中、スタッフから盛り飯の茶碗を渡され、「家の横で割ってください」と突然指示されたときは、本当に戸惑いました。理由を尋ねると、「家に帰ってももうご飯はない、という意味の儀式です」とだけ説明されました。
「器を割る」という行為が、一般的な仏式の作法ではないことはわかっていました。地域や施設によって独自の慣習があるとは聞きますが、少なくとも私の周囲では見聞きしたことのない方法で、その独自ルールを突然「やってください」と求められたことに強い違和感を覚えました。
父を見送る大切な日に、心の準備も説明もないまま進められていく状況がつらく、胸がぎゅっと締めつけられる思いでした。

