訪れた国は約40カ国。サウナと旅をこよなく愛するタレント・モデル・俳優の清水みさとさんの連載エッセイ。5回めは屋台のおいしいものいっぱい、ベトナムは【ホーチミン】でのお話。
【連載】清水みさと「旅をせずにはいられない」vol.5 誰かと食べると、遠くへ行ける
「ベトナムちゃん、行こう」
友人からのLINEに、「ベトナム、行きたい!」と返した。実はまだベトナムに行ったことがなかったし、ちゃん付けには若干引っかかったけど、それだけ行きたい国なんだろうと解釈をした。
あとから知ったけど、「ベトナムちゃん」は国の名前ではなく、大久保にあるベトナム料理屋さんの店名だったらしい。確かにそのとき、ごはんの話をしていたし、意味もなく、ちゃん付けするはずないのである。
それからわずか1ヶ月後、ちょうど航空券のタイムセールが始まったらしく、友人から「ベトナム行こう」と連絡がきた。ちゃんが付いてない、ベトナムだ。こうして勘違いが国境を超え、とんとん拍子でベトナム行きが決まった。
わたしは、ひとりで旅をすることが多い。そのとき困るのは、圧倒的に食で、「あれも食べたいけど、無理だ」と諦める場面に何度も出くわし、そのたび、少し悲しくなっていた。
でも、みんなで旅をすると、食べられる量が増えるというシンプルで最強のメリットに気が付いた。そうして、食いしん坊フレンズたちと台湾、韓国と食い倒れて、シーズン3はベトナム・ホーチミンが舞台になった。
観光名所を周るより、今日何を食べるか真剣に考えて一日という日を組み立てる。有名店もローカル店も、気になるものは全部食べたい。その欲張りがここではちゃんと肯定されるのだ (ドヤ) 。
一日でも長くベトナムを楽しみたくて、朝イチから動き回れる深夜便を選び、ホテルに着いたのは、深夜1時過ぎだった。
コンドミニアムタイプの部屋にはリビングがあって、「乾杯できるね」とこの部屋を選んだけれど、チェックインしてみると、想像以上に家みたいで心地いい。
明日からのベトナムが楽しみで、浮き足だったわたしたちは、部屋が別ならきっとそのまま寝ていたはずなのに、リビングがあることをいいことに、ビールとポテチで乾杯した。
翌朝、当然、顔はパンパンにむくんでいた。ベトナム料理でむくむならまだしも、原因がポテチというのが情けなくて、おかしくて、みんなで笑った。
全員むくんだまま、ホテルの朝食バイキングを味見してから(なんで)、目当てのお店へ向かう。
朝イチに選んだのはフォーだった。屋台は大賑わいで、ローカルの人たちがひっきりなしに訪れているあたり、信頼できる。
注文からほどなくして運ばれてきたフォーと一緒にハーブがどっさり置かれた。どうやらこれを、好みで入れたり、そのまま食べたりするらしい。唐辛子、ライム、もやし、ナンプラーにその他諸々の調味料が勢ぞろいだったけど、まずはフォーを何も足さずに一口食べる。
豪速球の「おいしい」がわたしの喉元から飛び出してきた。出汁のきいたスープがむくんだ体の奥の方までゆっくり染み込み、前夜のポテチも、夜更かしも、全部なかったことにしてくれるやさしい味。思わず「いま、わたし、本場のフォーを食べてます!」と世界に報告したくなった。
ハーブをかじると香りが増して、次から次へと箸がのびる。おかわりして、気づけば別の料理も増えていて、テーブルは食べもので溢れかえっていた。お皿でパンパンになっているこの景色を、幸福の可視化だと信じて疑わないわたしは、必ずと言っていいほど写真を撮ってしまう。
朝から完全に食べすぎたわたしたちは、腹ごなしに街を歩いた。
ホーチミンの道は、はちきれそうなほどバイクで溢れている。横断歩道はあっても信号がない道が多く、バイクは途切れることなく走っているから、渡るだけでも一苦労だった。
そのとき、ふとインドで教えてもらった歩きかたを思い出した。
「絶対に、走らないこと」
バイクは歩く人に合わせて走っているから、信じて、止まらず、一定の速度で歩けばいい。走ることだけは絶対ダメだと、オートリキシャのお兄さんが言っていた。
インドのカオスを歩けたんだから、行けるはず。半信半疑で足を踏み出すと、バイクの流れがこちらを避けるみたいに割れていき、気づけばちゃんと向こう側に立っていた。
インドでの学びが、ここで役に立ったことが少し誇らしかった。
それからのわたしたちは、毎度ビールで乾杯しながら、バインセオ、バインミー、ブンチャー、ソフトシェルクラブ、チェー、ポテチ(いらない)と、食べて、飲んで、歩いて、食べた。
食べてばかりじゃなくて、買い物だってしているので、安心してほしい(?)。
ホーチミンの陶器、「ソンべ焼き」は水色、ピンク、黄色、ベージュ。カラフルなのに柔らかくて、手描きの花や葉っぱがどれもかわいい。絵柄も形も少しずつ違って、揃っていないところが、むしろよかった。
日頃、ほとんど料理をしていないのに、このお皿に何をのせようか、なんて考え始めたわたしは、結局誰よりも買っていた。その土地でしか出会えないものに、めっぽう弱い。料理をしよう、そう静かに決意した2026年である。
洋服も見た。雑貨屋さんの隣にある小さなブティックで、思いがけず好みの一着に出会った。サイドが透けていて、裾がぎゅっと絞られている。モードっぽいのにどこかチャーミングで、一目で、好きだと思った。
でも、着こなせる自信もなく、すっと棚に戻したら、「これ、似合う!」とみんなが口を揃えて言ってくれたので、背中を押されるように買うことにした。
ところがその日は、店の都合で現金しか使えなかった。屋台に行く程度の現金しか持ち合わせがなく、みんなのお金を集めても洋服の金額には満たなかった。欲しいのに買えないとなると、余計に欲しくなってしまうのが人間で、それなのに近くにATMも見当たらず、どうすることもできなかった。
すると、店員さんが誰かに電話をして、近くのインテリアショップまで走り、クレジットカードの端末を借りてきてくれた。なんだか奇跡みたいな流れで、別の店で支払いを済ませることになり、無事に、そのパンツはわたしのものになった。ルールよりも、その場の判断。正解よりも、気持ち。その機転の利き方に、ベトナムという国のやさしさを感じた気がした。
このパンツは、あの日のやりとりや、待ちの空気も全部含めて、思い出ごと、一生大切にしようと思う。
もともと、ひとりで旅するのが好きだった。
気楽で、自由で、それはそれで今も好きだ。
でも、みんなで旅をすると、味も時間も自分だけのものじゃなくなって、ひとりの時とは違う輪郭で、くっきり記憶に残っていく。
ただ食べて、ただ笑って、ただ「おいしいね」を重ねると、味そのものが変わるわけじゃないのに、おいしさの厚みが増していく。
そんな事を考えていたら、ふと、ある言葉を思い出した。
早く行くなら、一人で行け。
遠くまで行くなら、みんなで行け。
アフリカのことわざを思い出しながら、次の旅の食卓を、もう思い浮かべて、にやけている。
photograph & text:MISATO SHIMIZU

