「裁判は“ガチャ”でいいのか」 大崎と高隈…2つの冤罪事件、明暗を分けた「違い」はどこに

「裁判は“ガチャ”でいいのか」 大崎と高隈…2つの冤罪事件、明暗を分けた「違い」はどこに

●問われる弁護側の活動内容

裁判所が「疑わしきは被告人の利益」の大原則に則って、警察や検察に遠慮せず、事実を究明できるかどうか。

裁判官たちの覚悟が求められますが、その判断資料となる証拠を提示できるか、弁護側の活動内容も問われます。逮捕された4人のうち3人が「自白」した形だった大崎事件は残念ながら、初期の弁護活動がうまくいかなかったようです。

志布志警察署はまず、堆肥置き場で見つかった男性の長兄と次兄を殺人と死体遺棄の疑いで逮捕します。泥酔して前後不覚に陥っていた男性を絞殺し、堆肥置き場に埋めたとされました。

さらに次兄の長男を死体遺棄手伝いの疑いで、そして長兄の妻だったアヤ子さんを一連の犯行の主犯格として逮捕します。

長兄、次兄、次兄の長男はいずれも軽い知的障害がありました。アヤ子さんはしっかり者で元気な明るい女性でした。

そんな4人の弁護を担当したのはW法律事務所。夫と義弟らが逮捕された際、アヤ子さんが「有名な弁護士を」と周囲に相談した結果、薦められた事務所でした。

ただ男性たちが逮捕後間もなく容疑を認めた形となっていたため、私選は必要ないと双方が判断したようです。

しかし、まもなくアヤ子さん自身も逮捕されたことから私選で事務所の中堅弁護士が主任弁護人となり、W弁護士が補佐しました。男性たち3人には起訴後に事務所の若手弁護士が国選で就きました。

当時、W弁護士は鹿児島の弁護士会の長老的存在で、県の顧問弁護士をするなど地元の政財界に顔の効く「ドン」と呼ばれるほどの人物でした。ただ、見た目は飄々として、背広に草履という格好で歩く姿はなかなかの好々爺。とはいえ、事務所は市井の刑事裁判には縁遠い印象でした。

●あいまいな殺人動機

亡くなった男性はもともと酒乱気味で、集落の人々も迷惑を被っていたようです。

死体となって発見される3日前は朝から焼酎を飲み、自転車などでさまよっていましたが、夕方には道路端の深さ1メートルもある側溝に自転車ごと落ちていました。

ずぶ濡れ泥酔の男性を近所の人が助け出し、夜になって別の住民2人が軽トラックで男性の自宅まで運び入れました。この間、男性は「ウー、ウー」と言葉を発するだけだったとされます。

志布志署は当初、男性の長兄と次兄が酒乱の男性を憎んで殺害、死体遺棄に及んだとみました。

確かに男性は兄たちにとって迷惑な弟だったかもしれません。だからと言って、泥酔の弟を殺すという発想、行為まで発展するでしょうか。警察自身も動機としては弱いと思ったようです。

『南日本新聞』(1979年10月31日付)は、「(酒乱は)いつものことで、殺すほどのことはなかったはず」という捜査本部の見方を報じます。

そこで、長兄の妻・アヤ子さんを主犯格で逮捕します。アヤ子さんは男性に黙って男性の生命保険をかけており、「保険金狙い」の犯行としたのでした。

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でも、その保険は集落で簡易郵便局を開いていた女性から、酒乱の男性はいつ何が起こるかわからない、長兄の嫁として保険に入った方がいいと熱心に勧誘されたためでした。

保険は障害時にもおり、死亡時は500万円、満期で100万円戻ってくる養老保険と言われるものでした。

警察の調べに容疑を認めた格好の男性3人は裁判でも争いません。ところが、長兄と次兄は、罪を認めないアヤ子さんの公判に検察側証人として出廷すると、犯行についての証言にあいまいさが目立った上、警察の強引な取り調べの様子も語りました。

しかし、それ以上の進展はありませんでした。鹿児島地裁は1980年、アヤ子さんに懲役10年(求刑15年)、長兄に8年(10年)、次兄7年(10年)、次兄の長男に1年(1年6月)の実刑判決を言い渡します。

ただ「保険金狙い」については「証拠が不十分」として認定せず、いったんは警察が返上した動機、酒乱を憎んでの犯行としたのでした。

この判決言い渡しの公判に、W法律事務所の弁護士はだれも同席した記録がありません(鴨志田祐美著『大崎事件は問いかける』かもがわ出版)。依頼人の判決に弁護人が欠席する。にわかには信じられない話です。

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