「裁判は“ガチャ”でいいのか」 大崎と高隈…2つの冤罪事件、明暗を分けた「違い」はどこに

「裁判は“ガチャ”でいいのか」 大崎と高隈…2つの冤罪事件、明暗を分けた「違い」はどこに

●際立った高隈事件上告審

船迫さんは早速上告します。手書きの上告趣意書は160枚にも上りました。

国選に選任された東京の金井清吉弁護士は、佐々木弁護士から譲り受けた捜査・裁判資料に目を通すと驚きます。「犯行状況と自白が全く違う」。シロの心証を得た金井弁護士は自腹で宮崎まで行き、船迫さんに面会します。船迫さんは感謝で泣き出したといいます。

帰京後、金井弁護士は記録上明らかな事実と自白の矛盾を一つ一つ丁寧に項目立てして上告趣意書をまとめ上げました。

担当となる最高裁第1小法廷の木谷明調査官に面会して、ダメ元で船迫さんの保釈を願い出ます。木谷調査官はあっさり認めました。

船迫さんは別件逮捕時からこのとき既に懲役12年の刑の大半、11年余り未決勾留されていました。この点も考慮されたようですが、「殺人犯の保釈」は注目されました。保釈保証金100万円は金井弁護士が立て替えました。

最高裁はもう1人国選弁護人として加藤文也弁護士を追加選任し、口頭弁論を開き、検察、弁護双方の主張を聴き取ります。

結果、1982年に「原判決は重大な事実誤認をした疑いが顕著」として破棄、福岡高裁に差し戻します。第1小法廷の裁判官5人全員一致の判決でした。

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その後、最高裁は金井弁護士が立て替えていた保釈保証金を返し、保証書だけに切り替えたうえ、金井弁護士に100万円、加藤弁護士に50万円の特別報奨金を払い、その努力をねぎらいました。

5人の裁判官の1人だった団藤重光さんは後に「金井さんのような弁護士が頑張ってくれるといいですねえ」と私に話してくれました。

福岡高裁の差し戻し控訴審の弁護団は東京からさらに1人、地元福岡から2人、若手の幸田雅弘弁護士と八尋光秀弁護士が加わって、最高裁が提示したさまざまな問題を追及しました。1986年、逆転無罪判決が言い渡され、確定します。

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一方、大崎事件で無実を訴え続けながら懲役10年の刑を受けたアヤ子さんは「反省文」も書かないことからまるまる10年服役して1990年に出所します。

アヤ子さんの再審を求める必死の訴えに日本国民救援会鹿児島支部が支援に乗り出します。高隈事件差し戻し控訴審を経験した幸田弁護士と八尋弁護士も福岡から加わります。

そして、ようよう事件全体の構図見直しを図り、1995年、鹿児島地裁に再審請求できました。

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