久米宏は「大賛美」を望んだのか 報ステ追悼に覚えた違和感、「静かに一番安いソバをすすっていた」革命児の実像

久米宏は「大賛美」を望んだのか 報ステ追悼に覚えた違和感、「静かに一番安いソバをすすっていた」革命児の実像

テレビ朝日系報道番組『ニュースステーション』のキャスターをつとめたフリーアナウンサーの久米宏さんが1月1日、肺がんのため81歳で亡くなった。

報道番組のあり方を大きく変えた功績は、18年にわたってキャスターをつとめた久米さんの手腕があるだろう。

筆者は、テレビ朝日のディレクターとして、久米さんの仕事ぶりを間近で見てきた一人だ。久米さんの「実像」と、テレビ業界に与えた影響を改めて考えたい。

そして、後継番組である『報道ステーション』が、久米さん追悼に多くの時間を割いたことは、はたして久米さんの望むものだったのか──。この点についても検討したい。(テレビプロデューサー・鎮目博道)

●「久米さん大賛美番組」を訃報発表当日に流す後継の「報ステ」

久米宏さんが亡くなった。

僕自身は『ニュースステーション』のスタッフだったことはない。ただ、テレビ朝日社会部の記者などの立場で、久米さんと仕事でご一緒させてもらった。

そんな経緯もあり、「久米さんが成し遂げたニュースの革命」「その後のテレビ報道への影響や功罪」について寄稿してほしい、という依頼を編集部から受けたのだが、正直に言えば、ちょっと気が重い。

理由ははっきりしている。久米さんの訃報を受けて、テレビ朝日関係者を中心に、メディア関係者のSNSで「久米さん讃美」が一気に盛り上がっていく様子に、どこか異様なものを感じてしまったからだ。

そして、訃報が発表された当日の13日夜、『報道ステーション』は、ほぼ全編にわたって「久米宏一色」の内容を放送した。率直に言って、僕はこれが嫌だった。

もちろん気持ちはわかる。テレ朝にとって久米さんは「救世主」と言っていい存在だし、『ニュースステーション』があったからこそ今のテレ朝がある。初代プロデューサーの早河さん(テレビ朝日ホールディングス代表取締役会長・民放連会長)が、プロパーとして初めて会長まで上り詰めたことも、その象徴だろう。

こんな空気感の中で原稿を書けば、「お前ごときが久米宏を語るな」という声が聞こえてきそうだ。それでも、まあそれはいい。

それ以上に引っかかるのは、「みんなで素晴らしかったと賛美する」という空気が、はたして久米さん自身の望むものだったのか、という点である。

●久米さんは社食で「一番安いソバ」を静かにすすっていた

久米さんについて一番印象深く思い出すのは、テレビ朝日旧社屋地下1階にあった社員食堂での姿だ。

久米さんはいつも一人でソバを食べていた印象がある。いわゆる「オーラ」を放っているわけではなく、僕たちがトレーを持って列に並んでいると、いつの間にか後ろに久米宏がいて驚く、という感じだ。

ほぼ毎日のように、一人で、一番安いメニューのソバを静かにすすっていた。新聞をじっと読んでいることもあれば、何か考え込んでいるようなこともあった。周囲に人を寄せつけない、独特の空気を漂わせていたことが強く印象に残っている。

僕の記憶の中で久米さんは、いつも何かを一人で静かに考えていた。

報道フロアの、常に人であふれ返るような空間にいても、久米さんは、誰かと群れることなく、「話しかけるなオーラ」という無言のサインを発しながら、じっと資料を読んだり、何かを書いたりしていた。

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