
暮れも押し迫った12月28日の朝。漫画家のバロン吉元さんのお宅に、お茶会に招かれた。その数日前まで、代表作『昭和柔侠伝』の原画展を2階のギャラリーで開催していたので、慰労会も兼ねてのことだったと思う。
この十年のあいだ、ご自宅の前を偶然通りかかることはあっても、中に入るのははじめてだ。人目を惹く洋風の建物と扉。ここから入ってもよいのだろうかと迷っていると、扉のほうが勝手に開いた。中にいた娘のエ☆ミリー吉元さんが、招き入れてくれた格好だ。
思い返せばこのエ☆ミリーさんとはじめてお会いしたのも、店が開店した2016年、ある日の遅い時間だった。エ☆ミリーさんによれば、手塚るみ子さんや赤塚りえ子さんらが中心となって活動している漫画家二世の会があるようで、「あなた、近くに本屋が出来たんだったら、挨拶くらいしてきなさい」と言われたという。わたしは漫画、特にバロンさんが得意としていた劇画のジャンルには疎く、その時は「バロン吉元」と言われても正直ピンと来なかった。
だが、バロンさんに正面切って名乗られた記憶はないが、それから何年かのあいだに、道でバッタリお会いすると挨拶する間柄くらいにはなっていたと思う。その頃バロンさんは80歳を越えていたが、junaidaや酒井駒子の本格的な画集を、目にしたそばからぽんと買っていかれたから、随分思い切りのいいかただなと思っていた。
時は過ぎ2025年の春。店で開催した、「昭和の絵師」と呼ばれた劇画家の上村一夫さんの原画展初日、バロンさんがわたしのところまでやってきた。バロンさんは静かにわたしを見つめ、「上村一夫と私は親友だったんですよ。それでいま上村の娘の汀さんと、私の娘のエミリーも親友です」と、きっぱりと言った。わたしはその断固とした口調に、「下手なことをすれば承知しないぞ」といった気迫を感じた。バロンさんは柔道の漫画を描くだけあって、小柄だが姿勢がよく、体幹もピンと通っているから、実際よりも大きく見えるのだ。

『昭和柔侠伝』原画展の前日、会場を設営しながらエ☆ミリーさんとこの辺りの話になった。むかし有名人の誰それが住んでいた、芸人のあの人ならたまに店に来る、Kさんの息子は女優の○○と結婚している……。そんな話だ。
その時ふと、会場に貼られたパネルに目が留まった。それはエ☆ミリーさんが書いたエッセイで、この場所がまだ本屋になる前、「立花家」という鶏肉屋があった頃の話だった。
「(Titleの)開店まもない頃に伺ったとき、“ああ、初めてとりにくやさんの中に入ることができた”と、胸が高鳴ったのを覚えています。
もしご存命であれば、今回の展示を、とりにくやさんにも見ていただきたかった」
「とりにくやさん」とは、竹内さんという恰幅のよいおじさんのことで、粋でお洒落なかただったという。「粋でお洒落」というところが、バロンさんとは気が合ったのかもしれない。わたしがお茶会のとき「十年経ってようやくこの扉の中に入ることができた」と感慨にふけったように、エ☆ミリーさんのほうでもこの建物の中に入るまでには、長い時間が必要だったのだ。
会期中のある日、エ☆ミリーさんは店の奥にあるカフェで、展示に訪れた方たちと歓談していた。彼らのオーダーする声が、壁越しに訥々と聞こえてくる。
「うーん、ぼくはTitleブレンドかな」
「ぼくも同じもの。あなたは?」
店で出しているコーヒーには、深煎りのTitleブレンドと浅煎りの八丁ブレンドがある。八丁とはこの辺りにあった今川氏の屋敷に由来する地名で、店の前にある交差点にその名前を留めている。エ☆ミリーさんは少し考えたあと、次のようにあかるくこたえた。
「わたしは八丁ブレンドにします。だって、八丁の子どもですから」
わたしはそれを聞き、無性に泣きたい気持ちに駆られた。この場所で原画展ができてほんとうによかった――そのように思えた瞬間だった。
今回のおすすめ本

『日本一番美しい県は岩手県である』三浦英之 柏書房
生きるのに厳しい環境であるからこそ、その地では〈生〉が煌めいている。震災を経て、なおも歩み続ける人びと。現代の「イーハトーブ」。

