「最下層からの逆転劇」は学術的な事実か、それとも虚像か
この服部氏の見解に対しては、『祖父物語』の信憑性を高く見積もり、一次史料とほぼ同様に扱っているという歴史研究家の渡邊大門氏の批判がある。
加えて、農民と非農業民を過度に対比する捉え方にも疑問がある。江戸時代の農民は、農作業の合間に薪取りや炭焼き、大工や鍛冶など農業以外の副業を行うことがあり、これを「農間渡世(のうまとせい)」「農間稼(のうまかせぎ)」と言った。中世においても農業以外の生産活動や商業活動を行う農民はいたはずで、秀吉が放浪期に薪取りや針売り、鍛冶などをやっていたとしても、秀吉が卑賤視された非農業民(被差別民)であったことの証明にはならないのではないか。
秀吉が被差別民という中世社会の最下層から這(は)い上がって天下人になり、中世社会に終止符を打ったというストーリーは劇的で魅力あふれるものだが、思い入れが先行しているようにも感じられる。現時点で言えるのは、秀吉が貧しく、低い身分の存在であっただろうということに留まる。


