映画『天使と悪魔』(2009)
参照:『天使と悪魔』(2009)
本作は、ダン・ブラウンの小説を原作とした、緊迫感あふれるミステリーサスペンスです。新教皇を選出する儀式「コンクラーベ」の最中、バチカン市国で起こる一連の事件が描かれています。
事件の犯人は、かつてカトリック教会に弾圧された科学者たちが結成した秘密結社「イルミナティ」を名乗ります。そして、CERN(欧州原子核共同研究機構)から盗み出した強力な爆弾「反物質」でバチカン全体を脅迫するとともに、次期教皇候補である枢機卿4人を誘拐し、四大元素(土、空気、火、水)を象徴する場所で順次処刑すると宣言しました。
警察から協力依頼を受け、犯人が残した暗号「啓示の道」を解き明かすべく、CERNの科学者ヴィットリア・ヴェトラとともに、主人公ロバート・ラングドンはローマを駆け巡ります。その道標として示されるのが、バロック芸術の巨匠、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニによる作品群です。
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ《聖テレジアの法悦》(1647〜1652)/サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会、コルナロ礼拝堂, Public domain, via Wikimedia Commons.
ヒントの1つとなるのが、サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会に設置されている《聖テレジアの法悦》でした。情熱や浄化を連想させる「火」のシンボルとして、誘拐された枢機卿の処刑場所を指し示しています。
「ローマはベルニーニのためにつくられた」
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ《自画像》(1630〜1635)/ボルゲーゼ美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.
1598年、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニは、彫刻家ピエトロ・ベルニーニの子として生まれました。10代にしてローマ教皇パウルス5世やシピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿に見出され、バチカンへの出入りを許されるなど、恵まれた環境で初期のキャリアを築きました。
初期から発揮された彫刻の才能
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ《ダビデ像》(1624)/ボルゲーゼ美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.
20代のベルニーニは、ボルゲーゼ枢機卿のために数々の傑作を制作します。特に、旧約聖書の英雄を描いた《ダビデ像》や、ギリシャ神話を題材とした《アポロンとダフネ》などは、大理石をまるで生きた肉体のように表現し、一瞬の動きと感情の緊張感を捉えるバロック彫刻らしさが表れています。
古代ギリシアのヘレニズム彫刻に影響を受けつつ、写実性とドラマチックな表現を両立させた作品群によって、彼はルネサンス以降の彫刻史に大きな変革をもたらしました。
教皇の寵愛とローマのバロック化
サン・ピエトロ広場, Public domain, via Wikimedia Commons.
彼のキャリアの頂点は、1623年に教皇に就いたウルバヌス8世の時代に訪れます。対抗宗教改革を経たカトリック教会の威信を示すために、ベルニーニを重用したいと考えたのです。その寵愛を受けたベルニーニは、彫刻家、建築家、都市計画家として活躍しました。
そして、ルネサンス様式が中心だったローマを、豪華絢爛で装飾的なバロック様式へと移行させる中心人物となります。その象徴が、サン・ピエトロ大聖堂の主祭壇を飾る巨大な円柱の天蓋「バルダッキーノ」や、大聖堂の前に広がる「サン・ピエトロ広場」の設計です。これらは単なる芸術作品ではなく、ローマ全体の都市景観を演出する総合芸術として、彼の天才性を証明しました。
試練と復活
しかし、1644年にウルバヌス8世が亡くなり、インノケンティウス10世が教皇に就くと、ベルニーニは一時的に冷遇されます。サン・ピエトロ大聖堂の鐘塔に亀裂が発見されたことで批判されるなど、キャリア最大の試練を迎えました。
逆境の中、彼は自らの真価を示すために制作に没頭します。その結果、ローマのナヴォーナ広場にある《四大河の噴水》や、これからご紹介する《聖テレジアの法悦》などが生まれました。名声を回復し、巨匠としての地位を不動としたベルニーニ。81歳で生涯を終えるまで創作活動を続け、その作品は「芸術の奇跡」と称賛されました。
