首都高速湾岸線で2020年8月、ポルシェを時速268キロで走行し、前方の乗用車に追突して夫婦を死亡させたとして、危険運転致死罪に問われた男性の裁判員裁判で、検察官が1月16日、懲役15年を求刑したことが報じられました。
この事故をめぐっては、常識的には考えられない高速度で事故を起こしていることから、SNSなどで「殺人罪では」という声が上がっています。報道によると、男性は時速200キロ以上での走行を過去に「5、6回ある」と認めていたそうです。このことから、危険性について認識していたのでは?という指摘もあります。
本記事では、今回のような事件に殺人罪は適用できないのか、解説します。
●なぜ殺人罪で立件されなかったのか?
殺人罪が成立するには、殺人の故意(殺意)が必要です。
「殺意」が認められるためには、必ずしも「絶対に人を殺してやろう」ということを認識していることまでは要求されません。
人を殺すほど危険な行為をしていること、自らの行為から人が死亡する結果が生じることを認識し、それでもかまわないと思っている場合(認容)には、殺意は認められます。
本件では、時速268キロという極めて危険な速度で走行し、前方車両に追突すれば乗員が死傷することは認識できそうですし、それを十分に分かっている上で行為に及んだのであれば、認容もしているといえそうにも思えます。
ただし、死傷結果が生じる危険性は具体的に認識・認容していなければなりません。 通常は、本件のようなケースであれば前方に車両がいて、その車両に衝突して乗員が死亡する危険があるという認識・認容があったことまで主張立証します。 現実にそのような立証をすることが困難である場合、殺人罪では起訴しないのが実情です。
この点について、たとえば最高裁令和3年(2021年)1月29日は、同僚の看護師にひそかに睡眠導入剤を摂取させて自動車を運転させ、事故を起こさせた事案で、対向車の運転者に対する関係でも殺意を認めています。
この判決の読み方もなかなか難しく議論があるのですが、少なくとも抽象的に死亡事故を引き起こす危険性が高いということを認識・認容しただけでは殺意が認められない可能性が高いと考えられています。
今回の事件では、被告は「危険性をそれほど強く認識していなかった」と供述しています。検察官としては、この供述を覆して、具体的な死傷結果への認識・認容があったと証明することは難しいと判断したのだと思われます。
●危険運転致死罪での立件にも様々なハードルがある
実は、殺人罪だけでなく、危険運転致死罪の成立を認定することもそれほど簡単ではありません。
危険運転致死罪は、「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を運転する行為」によって人を死傷させた場合に成立します(自動車運転死傷行為等処罰法2条2号)。
重要な点として、まず、同罪が「故意犯」であることが問題となります。つまり、「進行を制御することが困難な高速度」という認識・認容が必要になります。
次に、単に「速度が速い」だけでは足りないという点も問題となります。「進行を制御することが困難な」高速度であることが必要なのです。
具体的には、ハンドルやブレーキ操作のわずかなミスで自車を道路から逸脱させてしまうような事情が求められます。この判断は、道路の物理的形状(カーブの程度、幅員、路面状態など)や車両の性能などから客観的に行われます。

