ゴッホ《アルルの跳ね橋》徹底解説!展覧会ラッシュを楽しむ5つのポイント

フィンセント・ファン・ゴッホ《アルルの跳ね橋》ヴァルラフ・リヒャルツ美術館キャプション:フィンセント・ファン・ゴッホ《アルルの跳ね橋》ヴァルラフ・リヒャルツ美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.

しかし、激動の一生を送り37歳で生涯を閉じたファン・ゴッホにも、何もかもがうまくいきそうな希望に満ちた黄金期がありました。その幕開けを飾るのが、《アルルの跳ね橋》という作品です。

2026年〜2028年にかけて開催される2つのファン・ゴッホの展覧会には、バージョンの異なる《アルルの跳ね橋》も来日。

この記事では、ゴッホ展ラッシュを前に《アルルの跳ね橋》の見どころを解説します。ファン・ゴッホはどんな思いで本作を描いたのか、作品を手がかりに彼の足跡をたどってみましょう。

①ファン・ゴッホの黄金期を代表する作品

フィンセント・ファン・ゴッホ《アルルの跳ね橋》個人蔵フィンセント・ファン・ゴッホ《アルルの跳ね橋》個人蔵, Public domain, via Wikimedia Commons.

気性の激しさで知られるファン・ゴッホですが、《アルルの跳ね橋》を描いた頃は気分が安定しており、前向きな精神状態にありました。心が安定するきっかけとなったのが、南仏アルルへの移住です。

パリで弟のテオと同居していたファン・ゴッホは、1888年にアルルへ移住。詳しい理由はわかっていませんが、都会での生活に疲れたのではないか、と言われています。人付き合いや社交は避けられないですからね…。

フィンセント・ファン・ゴッホ《アルルの跳ね橋》(水彩)個人蔵フィンセント・ファン・ゴッホ《アルルの跳ね橋》(水彩)個人蔵, Public domain, via Wikimedia Commons.

ファン・ゴッホが移住先に選んだアルルは、まばゆい太陽の光が降り注ぐ土地でした。その光は画家の心まで明るく照らしたのか、彼は少しずつ健康を取り戻していきます。

テオに宛てた手紙からも、順調な様子がうかがえます。「アルルの空気は僕の体に良い」「血の巡りを良くするのに強いお酒に頼らなくていい」のような記述があり、絵の制作も捗っていたようです。

フィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり》ロンドン・ナショナル・ギャラリーフィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり》ロンドン・ナショナル・ギャラリー, Public domain, via Wikimedia Commons.

ちなみに、《ひまわり》の連作や《夜のカフェテラス》などの有名な作品が描かれたのもこの頃。アルル時代はファン・ゴッホの黄金期とされています。

その後、ゴーギャン と仲違いして自身の耳を切り取る「耳切り事件」が起きるわけですが…。

②青と黄の鮮やかなコントラスト

フィンセント・ファン・ゴッホ《アルルの跳ね橋》クレラー・ミュラー美術館フィンセント・ファン・ゴッホ《アルルの跳ね橋》クレラー・ミュラー美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.

ファン・ゴッホのポジティブな気分を映すかのように、《アルルの跳ね橋》には鮮やかな色が使われています。跳ね橋は黄色で、空と水面は青色。実物を理想化したと思われる色づかいは、おもちゃのような可愛さや親しみも感じさせます。

黄色と青は「補色」で、お互いに引き立て合う関係の色。補色を組み合わせると鮮やかさが強調されるので、《アルルの跳ね橋》は観る人に明るい印象を与えます。ぱっと見でも明るさが伝わってきて、アルルの陽射しのあたたかさを感じられますよね。

フィンセント・ファン・ゴッホ《夜のカフェ》イェール大学美術館フィンセント・ファン・ゴッホ《夜のカフェ》イェール大学美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.

ファン・ゴッホは色彩理論も自分なりに研究していたらしく、補色を活用した作品を多く残しています。例えば、赤と緑を対比させた《夜のカフェ》など。この作品もアルル時代に描かれました。

配信元: イロハニアート

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