タクシーが止まり、思いがけない一言
しばらく歩いたとき、反対車線を一台の空車タクシーが走り去っていくのが見えました。
「あ、タクシーだ!」と思いましたが、反対側。追いかける元気も、呼び止める勇気も出ず、「行っちゃった」と諦めて背中を見送りました。
ところが、そのタクシーが少し先でブレーキランプを光らせ、ゆっくりとUターンをしてこちらへ戻ってきたのです。
私の横にスッと止まったタクシーの窓が開き、運転手さんが穏やかな声で「こんな時間に、大丈夫ですか? 外は冷えるでしょう」と声をかけてくれました。
ありがたいけれど、所持金が厳しい。正直に「1,000円しかなくて……」と伝えると、運転手さんは少し驚いた顔をして、それでもすぐにこう言いました。
「1,000円でいいですよ。実はね、私にもあなたと同じくらいの歳の娘がいるんです。この時間に一人で歩いているのを見て、どうしても放っておけなくてね。商売抜きで送るから、乗りなさい」
1,000円以上の“優しさ”に救われた
本来、タクシーの運賃をまけてもらうことはルール違反だと分かっています。それでも、一人の父親としての切実な優しさが詰まったその言葉に、私は甘えさせていただくことにしました。
車内の暖かさに触れた瞬間、張りつめていた不安がほどけて、胸の奥がじんわりしました。暗い道も、さっきまでと違って怖くない。運転手さんは余計な詮索もせず、ただ淡々と安全に家の近くまで送ってくれました。

