同調圧力は日本の民族性。でも嫌なら離れればいい
和田 養老先生はお母様もお医者さんでしたよね?
養老 そうです。父が戦争中の昭和17(1942)年に亡くなり、母が開業しました。
和田 当時としては珍しいというか先進的で自立されてます。
養老 誰もが生きるのに必死でしたから。先ほど日本の同調圧力の話が出ましたが、僕は無理もないんじゃないかと思うんです。つまり物理的な問題だと。人が住める「可住地面積」で人口密度を測ると、青森や福島がヨーロッパの平均なんです。
和田 いわゆる過疎地ですね。
養老 はい。日本では過疎と言われる土地が、ヨーロッパなら普通なんです。それだけ人が寄り集まっているってことです。こうなると、お互いの顔を見ながら調整しなきゃならないでしょ。誰かひとりが違うことしてると迷惑になるからね。そうやって長い間に同調圧力みたいなものになっていったのだと思うんです。
和田 僕はアメリカのカンザスに留学していましたが、隣の家まで5キロくらい離れていたりする。アメリカはクルマ社会だからなんとかなるけど、日本では過疎の地域でも集落を作りたがります。民族性なんでしょうね。
養老 みんなで協力したほうが都合はいいですから。とくに水田耕作を2000年以上も続けてきているので。忖度とかも、仕方ない面があるのかもしれません。ただ、時代は変わったのだから、いつまでもそれにこだわってるのはおかしいと思うんですよ。
和田 仲間外れの恐怖感がすごく強いのだと思います。僕は子供の頃から人と馴染めなくて、仲間外れにされても気にしなかった。だから好きに生きてこられたような気がするのですが。でも東大医学部でも村意識みたいなものを感じたんですよね。小中高とものすごく勉強できて周囲から浮いてただろう人なのに、東大医学部村に入ったら、そこにしがみつく。落ちこぼれたくないって雰囲気がありましたね。養老先生の時代は?
養老 同じですよ。僕が基礎医学を専攻したのも、それが理由のひとつです。学生の頃、東大病院で若い医師とすれ違うと、全員機嫌が悪いんだよね。ちょっと上の先輩たちですよ。だからもうこんな機嫌の悪いところは嫌だと思って(笑)。
和田 序列というか。教授の機嫌を損ねたら飛ばされる、ということに神経を尖らせている。
養老 みんな辛抱して働いていたんだと思う。僕が「辞める」と言ったらうらやましがられましたよ。「お前は辞められるからいいよな」ってね。いいなと思うなら辞めればいいじゃないか、と思うんだけど、それができないんですよ(笑)。
関わるも関わらないも自由。負担に思うなら避けりゃいい
和田 東大病院の七不思議みたいなものですね。辞めて開業すれば、一国一城の主として上に気を遣わず医療ができるのに。だけど私立と比べて東大は開業医が少ない。開業する人は落ちこぼれとか負け犬っていう雰囲気がある。
養老 というより向いてない。母がよく言ってましたね。母は女子医大(当時は女子医学専門学校)でしたけど「医師会にも東大出身の開業医が何人かいるけど、だいたい流行らないのよね」と(笑)。
和田 営業力とかコミュニケーション能力が低いんですよね。流行っている病院の先生って、めちゃくちゃ愛想のいい人が多いですから。
養老 やっぱり好きなんですよ。そうやって人と付き合うことが。僕は不向きだけど。
和田 僕もほぼ向いていない人間です(笑)。やはり上手に老いるためには養老先生が仰る「人間のことに一所懸命にならない」ということは大事ですね。仲間外れを恐れる側も人を疎外する側も、結局は、人を縛り自分を縛って生きている。
養老 ただ、そういうのが好きな人もいますから。だから人に一所懸命になりたい人は、そうすればいい。嫌な人は付き合わなきゃいい。負担になることは避けたらいいんです。
和田 養老先生は子供の時、頑張ることの無意味さみたいなことに気づかれたし、僕はもともとが人とうまく関われない人間です。そんな僕でも、人間として大きく変わる出来事がありました。
養老 それは?
和田 僕が精神科を選んだ理由は人を殺さない科だと思ったからです。ところが浴風会という病院に就職してすぐ、患者さんが病棟で自死をした。これは相当にこたえましたね。精神科でも人は死ぬんだと。以来、医者という仕事にかなり真面目になりました。

