話を聞かせてくれたかねやさん(仮称)は当初、子宮筋腫・卵巣嚢腫の疑いで治療を始めたところ、卵巣がん・子宮体がんが発見されました。手術や抗がん剤治療も経験し、現在では経過観察をおこないながら、自身の体験の発信、がんの早期発見・治療の啓発活動に努めています。かねやさんの話から、卵巣がん・子宮体がんについての理解を深めていきましょう。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2025年6月取材。
体験者プロフィール:
かねやさん(仮称)
2022年初旬頃から「下腹部が出る」という容姿の変化があった。その後の健康診断でわずかだったが「貧血」と指摘を受けたため、婦人科を受診。2022年4月に「子宮筋腫・卵巣嚢腫」の指摘を受け、同年5月に手術目的で総合病院へ紹介受診。紹介先で子宮筋腫でなく卵巣の異常を指摘(左の卵巣直径11cm)され、同年6月に子宮体部の検査をすることになった。検査結果は「子宮体がん」で、同年7月には準広汎子宮摘出術+両側付属器切除+リンパ節郭清+大網切除を実施した。加えて、術中病理検査で「卵巣がん」の診断を受けた。現在は、仕事とともにがん経験の発信、「治療と仕事の両立支援の周知」に励んでいる。
がんとの闘病は「人生の総棚卸」と「きょういく」
編集部
最初にかねやさんの子宮体がんが判明するまでの経緯を詳しく教えてもらえますか?
かねやさん
2022年初旬ごろから「下腹が出てきた」というのが最初の変化でした。年齢的にそのときはいわゆる「中年太り」かと思っていました。受診のきっかけになったのは、その時期の健康診断でわずかながら貧血と指摘されたことです。今まで血液検査で引っかかった経験がなかったため、「いよいよおかしい」と不安になり、婦人科を受診しました。
編集部
受診した結果はいかがでしたか?
かねやさん
同年4月に婦人科を初診し、そこでは「子宮筋腫・卵巣嚢腫」の指摘を受け、5月に手術する目的でMRIの結果を持って、紹介された総合病院を受診しました。しかし、MRIの結果を見た医師から、「子宮筋腫でなく卵巣に異常がある」と指摘され、左の卵巣に直径11cmほどの腫瘍があることがわかりました。6月に入り、まず子宮の内側にある内膜を一部採取する検査をして子宮体がんの診断を受けました。そして、7月に「準広汎子宮摘出術+両側付属器切除+リンパ節郭清+大網切除」を実施し、術中の病理検査で「左卵巣がん」の診断を受けました。
編集部
病気が判明したときはどのような心境でしたか?
かねやさん
「やっぱりそうか」と感じました。もともと親族にがん患者がおり、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC/乳がんや卵巣がんなどの特定のがん発症リスクが著しく高まる体質)が当てはまるかもしれないと思っていました。婦人科初診時から、下腹部に丸く触れるのは異常だと感じていましたし、妊娠出産歴がない私にはがんのリスクが高いと知っていました。ですが、診断名がはっきりせず、ただ体がしんどい状態から抜け出せたぶん、先行きへの不安はあっても、気持ちのもやもやは晴れてすっきりしていました。むしろがん告知・手術より、抗がん剤治療決定の事実の方がショックでした。「手術して取ってしまえば終わる」と思っていたので、先の見通しの甘さがありました。
編集部
初診から術後で医師からはどのような説明がありましたか?
かねやさん
婦人科初診時は、「子宮筋腫・卵巣嚢腫は良性の腫瘍だから生活に支障がなければ経過観察する方法もある」と言われました。ですが、すでに仕事や生活に支障が出ていたので、手術目的にしてもらい、総合病院へ紹介してもらいました。総合病院では最初、子宮筋腫の手術を「いつにしよう」という話をしていましたが、卵巣の異常を指摘され、そこから子宮体がん診断、卵巣がん診断と、どんどん状況が変化しました。それに応じて医師は手術、抗がん剤治療と治療方針も転換し、当事者である私はまるでベルトコンベアに乗っているように粛々と応じていった感じでした。卵巣の腫瘍に関しては、摘出後の病理診断によって確定診断が下されると聞き、病状によって手術時間が2時間から6時間かかると説明されました。
職場からの理解が得られず、つらい闘病期間
編集部
診断後、生活にはどのような変化がありましたか?
かねやさん
一番大きな変化は仕事でした。診断・治療が進むにつれて体力が低下していくことに、自分も職場の同僚・上司もついていけていなかったと思います。男性の多い職場で、上司に診断・治療について報告すると嫌味を言われたり、治療を簡単に考えられたりしていました。抗がん剤治療中は仕事と治療の両立を模索しましたが、時短勤務や勤務内容変更を相談した際は、雇用形態の変更を勧められたため、抗がん剤治療途中で休職することにしました。
編集部
職場からの理解が得られないのはつらいですね。
かねやさん
そのぶん休職中に両立支援コーディネーター資格を取得して、仕事と治療の両立支援について学び、両立支援計画書を自分で作成し、正規職員として復職しました。ただ、復職したものの、術後の更年期症状、リンパ浮腫がつらく、隔日勤務から出勤日数を増やすことはできませんでした。さらに、復職1年半で「来年度、有給が付けられません」と上司に言われたことで退職を決意しました。
編集部
いろいろな活動をしてきたにもかかわらず、職場の対応は変わらなかったのですね。
かねやさん
更年期症状やリンパ浮腫は見た目でわからない、理解されにくい症状だと思います。現在は、前職の経験を活かせる内容の仕事で体調と相談しながら働いています。ただ、副業は業務委託でおこなっているため、「いつか仕事が来なくなるかも」と不安が先立ち、がんの罹患をクライアントに知らせることができませんでした。不幸中の幸いだったのは治療終了後、本業への復帰目途が立たないときに仕事を依頼してもらえたことです。おかげで「副業復帰の為にも体調管理を頑張ろう」と元気付けられました。
編集部
かねやさんが治療中に心の支えにしていたものは何でしょうか?
かねやさん
家族、友人には感謝してもしきれないです。特に姉には状況を逐一相談していて、すべて話しました。子宮摘出を経験している友人にも本当に助けられました。「入院生活には耳栓必須だよ」という豆知識もありがたかったし、コロナ禍の闘病だったので食品や小物を送ってもらったことも支えになりました。また、職場の同僚にも手術を受けた総合病院を紹介してもらったり、勤務調整や体調を気遣う言葉をかけてもらったり、精神的にも助けられました。昼夜を問わず、多くの医療従事者の方々にも支えてもらい、何とか治療を完走することができました。
編集部
病気を発症する前の自分に伝える言葉があるとしたら、どのようなことを伝えたいですか?
かねやさん
「なんでもあり」「死ぬ事以外かすり傷」です。自分の体の不調を軽視せず、医療職、職場の上司や同僚、友人に遠慮せずに知恵や力を借りて、「がん罹患」という人生の難局を乗り越えて行こうと言葉を掛けたいです。

