これは、知人のA子さんに聞いたお話です。
サッカーチームに入ったA子の息子。自主性を重んじる方針のはずが、あるパパの独善的な「自主練」に巻き込まれて……。
昭和な根性論を押し付ける困ったパパを、監督が成敗してくれた痛快エピソードです。
「自主性」が売りのはずが……? チームに現れた昭和な“ボスパパ”
A子さんの息子さんが入会した地元のサッカースクールは、「子どもの自主性を大切にする」という今どきの方針が魅力。サッカー経験者の実弟にアドバイスをもらいながら、親子で楽しく練習に励んでいました。しかし、そんな平和な日々に暗雲が立ち込めます。
チームメイトの保護者であるBパパが、頼んでもいないのに「自主練」の音頭を取り始めたのです。
「みんなで上手くなろう!」という言葉に惹かれて参加してみると、そこはBパパの独壇場でした。現代のスポーツ科学では推奨されないような、過度に身体への負担が大きいだけの時代錯誤なトレーニングを強制したり、意図の不明確な動きを強要したり……。
しかも、Bパパの機嫌次第で褒められたり怒鳴られたりするため、子どもたちは完全に萎縮してしまっていました。
A子さんの息子さんも、「友達とサッカーするのは楽しいけど、Bパパの言うことはよく分からない」と困惑気味。
せっかくのやる気が、威圧的な指導のせいで削がれていくのを見て、A子さんもモヤモヤを募らせていました。
監督が目撃! 矛盾だらけの指導現場
ある日の放課後、いつものようにBパパによる独裁的な練習会が行われていました。「もっと気合い入れろ! 声が小さい!」と怒号が飛ぶグラウンド。子どもたちは疲労困憊で、戸惑いの表情を浮かべていました。
そこへ偶然通りかかったのが、チームの監督でした。普段は温厚で、子どもたちの考えを尊重して見守るタイプの監督。
しかし、この時ばかりは様子が違いました。Bパパが悦に入って展開している「昭和の熱血指導」を、鋭い眼光でじっと見つめていたのです。
Bパパは監督の存在に気づき、「いやあ、子どもたちのために一肌脱ぎまして! 熱が入っちゃいますよハハハ」とアピール。
しかし監督は愛想笑いひとつ浮かべず、間違った動きを強要されている子どもたちと、得意げなBパパを交互に見比べるだけでした。その場は特に何も言わずに立ち去った監督でしたが、その沈黙がかえって「嵐の前の静けさ」を感じさせたといいます。

