睡眠よりもはるかに深く、長く、静かな状態──冬眠。そのあいだ、脳活動は極限まで低下するが、「意識」や「記憶」は本当に消えているのだろうか。冬眠動物の研究や人工冬眠技術の進展は、自己の連続性という根源的な問いを浮かび上がらせる。無意識の最深部で、〝私〟はどのように保たれているのか。
睡眠研究の第一人者である筑波大学の櫻井武教授が、意識の役割と“自分”の正体に迫ったサイエンス新書、『意識の正体』。本書より、冬眠という極限状態から意識の正体に迫る内容を抜粋してお届けします。
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ヒトが冬眠できる未来はくるのか?

睡眠よりもさらに深く、さらに長く、さらに静かな状態――それが「冬眠」だ。
何日も、何週間も、あるいは何か月もの間、ジリスやハムスターなどの冬眠動物たちは、脳活動も含めて生命活動の大半の機能を大幅に低下させてしまう(Carey et al., 2003)。
だがそのとき、意識はどこに行っているのだろう?
近未来には、人工冬眠技術により人類も医療目的や宇宙探査のために冬眠を行う日が来るだろう。その時のために、意識を含めた脳機能が冬眠という状態でどのように変化しているかを理解しておく必要があるはずだ。
医療や宇宙旅行を目的にして人体を冬眠状態にするなら、覚醒後、記憶や意識を含めた脳機能はどのような影響を受けているのか、知る必要があるからだ。
だが、その前に、人類は冬眠動物ではない。
私たちは、はたして冬眠できるのだろうか?
ヒトが冬眠したら記憶はどうなるのか?
冬眠というと、限られた動物が獲得した特殊能力のように思えるが、進化論的に見ると多くの哺乳類が潜在的にもっている能力であり、哺乳類に進化する以前にすでに獲得していた可能性が高い。
実際に哺乳類の中で冬眠するものには、ヤマネ、オポッサム、コウモリ、シマリス、ジリス、ゴールデンハムスター、ツキノワグマなどがいる。マダガスカル島に生息するキツネザルの一種、フトオコビトキツネザルは、人類と同じ霊長目に属しているが冬眠をする。

哺乳類は恒温性(生物が体温を一定に保つ性質のこと)を獲得したが、冬眠する哺乳類はその機能を変化させ、先祖返りのように低体温の状態をとって冬眠する。多くの哺乳類が冬眠するということは、人類も冬眠する潜在能力をもっていることを暗示する。
実際に、スペイン北部のアタプエルカにある遺跡シマ・デ・ロス・ウエソスで見つかった35万年以上前の人類、ホモ・ハイデルベルゲンシスの化石骨の状態が、クマなど冬眠する動物の化石骨の状態と類似していたという研究結果もある。
骨の成長が毎年数か月中断していた可能性があり、研究者たちは、食べ物がほとんどない寒い冬に何か月も睡眠することで代謝を大きく下げ、生き延びたのではないかと考えている。
ヒトが冬眠したら、はたして記憶はどうなるのだろう?
「自己の連続性」はどうなるのだろう?
ここからは、〝極限の無意識〟としての冬眠を通して、意識の最も深い断絶とその意味を探ってみたい。

