「この人を日本から追い出してはいけない」 外国ルーツの人たちに寄り添う俵公二郎弁護士の使命

「この人を日本から追い出してはいけない」 外国ルーツの人たちに寄り添う俵公二郎弁護士の使命

親の赴任先のパナマで生まれ、幼少期をパナマとブラジルで過ごした俵公二郎さん。英語・スペイン語を自在に操る弁護士だ。

相談に訪れる依頼者の約9割は、外国籍または外国にルーツを持つ人たち。移民の在留資格をサポートしたい──。そんな思いが、俵さんを弁護士の道へと向かわせた原点だ。

「法律を含め、日本の社会制度は外国の人たちにとって非常に複雑です。制度を理解してもらい、解決に向けて伴走することが大事だと思っています」

そう語る俵さんは、在留資格や労働、家族問題を抱える人たちに寄り添い続けている。(取材・文/塚田恭子)

●「会社に入って一生を終える将来像を受け入れられなかった」

俵さんが日本に戻ってきたのは、小学校6年生のときだった。

「おそらくカルチャーギャップはあったと思いますが、パナマでもブラジルでも日本人学校に通っていたので、とくに違和感はなくて。

帰国したときに印象に残っているのは『聞こえてくる言葉が日本語だな』ということくらいです」

日本の中学・高校を経て、国際基督教大学に進学。開発学を学んだ俵さんは、大学卒業の日に弁護士になる決意を固めたという。

「就職活動もしましたが、何か違う、これでいいのかという気持ちがあって、(就職に)踏みきれなかったんです。会社に入り、そこで一生を終える将来像を受け入れられなかったのだと思います」

弁護士を志した直接のきっかけは、大学時代のアルバイト先での出来事だった。

「南米出身の超過滞在の方がいたのですが、アルバイト先の常連のある弁護士さんが、その人が在留特別許可を得るための手続きを代理したんです。それがとてもかっこよくて。自分も同じことができたらと思いました」

●退路を断ち、専業受験生として司法試験に挑む

こうして司法試験合格を目指し、図書館に籠る「専業受験生」の日々が始まった。

「就職しない選択をした時点で、計画性がないわけですが、世間知らずだったので仕方ないですよね。どうすれば合格できるのか、仲間と勉強方法を模索していました」

予備校の講座も受けてはいたが、自習中心で十分だと考えていたという。

「でも、全然十分じゃなかったですね」

退路を断つ決断には、大きなプレッシャーもあったはずだ。それでも初志を貫けた理由を俵さんはこう振り返る。

「初めて会った弁護士さんに『君はいい弁護士になれる』と言われたんです。それで諦めきれなくて。司法試験に合格したときは、やっと終わった、という気持ちでした」

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