「存在しない憲法条文」再審請求の決定文に誤記、鴨志田祐美弁護士が批判「責任と覚悟欠く」

「存在しない憲法条文」再審請求の決定文に誤記、鴨志田祐美弁護士が批判「責任と覚悟欠く」

70年以上前、ハンセン病とされた男性が、隔離された「特別法廷」で裁かれ、死刑を言い渡された──。

この「菊池事件」をめぐって、今年1月に再審請求を棄却した熊本地裁の決定文に複数の誤記があったと、相次いで報じられている。

報道によると、熊本地裁の決定文には、本来記載すべき条文とは異なる「存在しない憲法条項」が記されていた。

具体的には、刑事被告人の弁護を受ける権利を定めた「憲法37条3項」とすべき箇所が、存在しない「憲法39条3項」と記載されていたほか、弁護団が主張していない「憲法91条(国の財政状況の報告)」を再審請求の根拠として引用されていたという。

無罪をうったえる人の裁判をやり直すかどうかを決める重要な手続きにおいて、なぜこのようなミスが起きたのか。再審問題に取り組む鴨志田祐美弁護士に聞いた。

●「司法機関の責任と覚悟が裁判官に備わっていないことが露呈」

──菊池事件の再審請求棄却の決定文に複数の誤記があったと聞いて、どう思いましたか。

菊池事件は、ハンセン病に対する差別や偏見を色濃く反映した著しい違憲状態の手続きのもとで死刑判決が確定し、しかも執行された事件です。

本件の再審請求で問われたのは、何よりも、手続きに重大な憲法違反があった場合、そのことを理由に再審が認められるか、いわゆる「憲法再審」の成否でした。

今回の熊本地裁の決定は、本件確定審の審理に憲法13条、14条1項違反、82条違反の疑いを認めたうえ、次のように指摘し、現行の刑事訴訟法の解釈上、憲法再審を認める余地があると判示しました。

「憲法が国の最高法規であり、これに違反する国務行為が無効であるとされ、他方で、再審が、有罪の言渡しをした確定判決につき重大な事実誤認又はその疑いがある場合に、事実認定の不当を是正するとともに、有罪の言渡しを受けた者を救済する訴訟手続であるとされることに照らすと、憲法及び刑訴法の体系において、確定判決の審理手続に重大な憲法違反があったことが判明し、当該憲法違反が確定判決の事実認定に係る重大な事実誤認を来す場合には再審を開始すべき余地があることは否定できない」

しかし、結論として、憲法の各規定に適合し、公開法廷における審理を実施していたとしても、確定判決の証拠関係などに変動はないことを理由に、憲法違反を理由とする再審を認めませんでした。

仮に、この事件を審理した裁判所が、この結論を導くにあたり、立憲主義の価値観を根底から揺るがすような、筆舌に尽くしがたい特別法廷での審理手続きを真正面から検討しようとする「本気度」を持っていたのであれば、特別法廷における審理について緻密な事実認定をおこない、それに続く憲法論を含む法解釈について、より慎重な検討を重ねたはずです。

そのような検討を重ねていたのであれば、まさに憲法再審の成否が主要論点となっているこの事件の決定において、基本中の基本である憲法の条文の番号を複数箇所で誤り、しかもそれを見過ごすなどということは、およそあり得なかったはずです。

こうして考えると、決定文中の誤記は、単に条文番号を誤ったという問題にとどまりません。

わが国で初めて、正面から憲法再審の成否が問われるほど重大な憲法違反の手続きがされた本件を審理するにあたり、憲法の擁護者であるべき司法機関としての責任と覚悟が、請求審裁判所である熊本地裁の裁判官に備わっていなかったことが露呈した点こそ、はるかに深刻だと言わざるを得ません。

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●民事裁判には直しの規定あるが、刑事はない

──一般論として、裁判所が出した判決文や決定文に誤字脱字や間違いがあった場合、どうなるのでしょうか。

民事裁判では、民事訴訟法257条に「判決に計算違い、誤記その他これらに類する明白な誤りがあるときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、いつでも更正決定をすることができる」との規定があります。

そのため、判決文中の誤字脱字や、主文の判断内容に影響しない明らかな誤記については、当事者の申立てまたは職権により、更正決定による修正が可能とされています。

一方、刑事訴訟法には民事訴訟法257条のような明文規定はありません。

ただし、刑事訴訟法415条には「上告裁判所は、その判決の内容に誤のあることを発見したときは、検察官、被告人又は弁護人の申立により、判決でこれを訂正することができる」とあり、刑事裁判の判決・決定について実務上は更正決定がおこなわれたケースも存在します。

また、仮に適用条文の誤りが判断内容に影響を及ぼす場合には、それ自体が抗告理由となり得ますが、今回の決定における条文の誤記は、ただちに判断内容へ影響を与えるとまでは言えないように思われます。そのため、やはり更正決定による是正が図られるべきだと考えます。

なお、請求審決定の判断内容に対する問題点については、すでに弁護団が即時抗告をおこなっているため、ここでは言及しません。

このような誤字脱字について、裁判所に職権で更正決定をすべき法的義務があるわけではありません。

ただし、菊池事件は、すでに国賠判決の確定により憲法違反が認定されており、特別法廷での審理を経た確定有罪判決に対する憲法再審の成否が正面から争われた初のケースとして、歴史的にも極めて重要な位置づけを持ちます。

今回の決定が、今後、学界などで批判的検討の対象ともなり得る裁判例であることに鑑みれば、熊本地裁は速やかに職権で更正決定をおこない、その内容を広く公表したうえで謝罪すべきだと考えます。

【取材協力弁護士】
鴨志田 祐美(かもしだ・ゆみ)弁護士
神奈川県横浜市出身。会社員、主婦、母親、予備校講師を経て、2002年、40歳で司法試験合格。2004年弁護士登録(鹿児島県弁護士会)。2021年京都弁護士会に登録替え。大崎事件再審弁護団共同代表、日本弁護士連合会再審法改正推進室長。
事務所名:Kollect京都法律事務所
事務所URL:https://kollect-k.com/

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