引越し当日、千鶴は手紙と菓子折りを持ち、最後のお詫びへ。わだかまりを残しつつも穏やかに別れ、新居での生活が始まる。庭を駆け回る息子の姿を見ながら、千鶴は誰にも怯えなくていい暮らしをかみしめます。
菓子折りを手紙を持って挨拶へ
引っ越し当日。 トラックに荷物が積み込まれていくのを見ながら、私は最後の仕上げをしました。用意したのは、老夫婦が好みそうな、地元で有名な和菓子屋の詰め合わせ。
それから、一通の手紙です。手紙には、これまでの騒音に対する心からのお詫びと、自分たちなりに対策はしていたけれど至らなかったこと、そして本日をもって退去することを書きました。
【ピンポーン】
わたしと夫は、下の階のチャイムを鳴らしました。
これがきっとお互いの最善だった
出てきたのはご主人でした。
「……あ、6階の……」
「お忙しいところ、申し訳ございません。本日をもって引っ越しをすることになりました。これまで、私たち家族の足音や配慮不足でご迷惑をおかけしましたこと、お詫びさせてください。これは、ほんの気持ちですが……」
手渡した菓子折りを受け取ったご主人の顔に、驚きの色が浮かびました。
「引っ越し……そうですか」
奥から奥様も顔を出しました。引っ越しという言葉を聞いて、驚きと少しの安堵を覚えたような表情に見えました。
「……こちらこそ、きつく言ってしまって悪かったですね」
奥様が小さく呟きました。
「いいえ、私たちの配慮が足りませんでした。本当に、ありがとうございました」
最後は、お互いに笑顔とは言えませんが、穏やかな空気で別れることができました。

