
デザインを手がけたのは、箱根遊船「SORAKAZE」でも知られる建築家・デザイナーの川西康之さん。茶室やベンチ、屋外デッキなどを船内各所に配し、芦ノ湖の景色とお茶の時間を自然につなげる空間をつくり上げた。箱根という場所だからこそ成立する、この湖上体験。そんな最新のスポットを、いち早く紹介する。
■ただ乗るだけじゃない。お茶を片手に楽しむ湖上のひととき
「箱根遊船 大茶会」は、芦ノ湖を移動するためだけの遊覧船ではなく、船に乗っている時間そのものを楽しむことを前提にした一隻だ。船内では、決まった席に縛られることなく、お茶を手に船内を巡ったり、気になる場所で腰を下ろしたりと、自由に過ごせるようになっている。芦ノ湖を進む時間そのものを、ゆったり味わうための設計だ。その舞台となっているのが、1986年に就航した「十国丸」を改装した船体。双胴船ならではの揺れにくさと、大きく取られた窓による開放感は、長年芦ノ湖を走ってきた船の強みとして受け継がれている。新たに加えられたのは、そうした構造を活かしながら、「お茶を楽しむ場」としてどう過ごしてもらうかという視点だ。

建築家・デザイナーの川西康之さんは、船や列車などの「移動空間」を数多く手がけてきた人物。高速船「SEA SPICA」や特急列車「WEST EXPRESS 銀河」などのデザインでも知られる。箱根遊船では、2024年に就航した「箱根遊船 SORAKAZE」のデザインを担当。芦ノ湖に浮かぶ公園のような船として好評を集めた「SORAKAZE」に続き、次に託されたテーマが「お茶」だった。

川西さんは、「お茶という飲み物、食べ物をテーマにした乗り物というのは、正直、簡単ではなかった」と振り返る。ここ箱根は、足柄や静岡をはじめとしたお茶の名産地に囲まれており、その土地性を踏まえたうえで船をつくる必要があったという。

着想のきっかけとして挙げるのが、豊臣秀吉の時代に行われた北野大茶会だ。「茶碗一つ持って集まれ、身分に関係なく茶の湯を楽しもう」という考え方に惹かれ、それを湖上の船という舞台に重ね合わせた。「身分や立場に関係なく、茶碗一杯で楽しめる場をつくりたかった」。そんな思いから、「箱根遊船 大茶会」というコンセプトが形づくられていったそうだ。

もう一つ、川西さんが強く意識したのが、船内を自然に回遊してもらうことだった。改装前の船では利用が1階に集中しがちだったことから、「今回はとにかく船内を歩いてほしかった」と川西さんは話す。そこで2階や3階にも足が向くよう、茶室やベンチ、屋外デッキといった居場所を分散して配置。フロアを移動するたびに視界や居心地が変わり、その変化を楽しめる流れが、この船の体験として組み込まれている。
■茶室まである船内。お茶と景色がとことん楽しめる見どころ
こうした設計を踏まえ、「箱根遊船 大茶会」の船内には、思わず歩いて確かめたくなる見どころがフロアごとに用意されている。移動しながら過ごすこと自体が、この船の楽しみ方だ。

1階の客席エリアは、提灯をモチーフにしたやわらかな照明が印象的。グリーンとウッドカラーを基調に、六角形のテーブルやベンチを配置し、落ち着いて過ごしやすい雰囲気にまとめられている。操舵室越しに芦ノ湖を眺められるのも、このフロアのポイント。入り口付近には「茶店」があり、ドリンクやスイーツを購入して、そのまま席で楽しめる。



2階にある「茶室 金風庵」は、黄金色を基調にした畳敷きの茶室。二畳というコンパクトな空間で、ゴールド風のシートを使い、ほどよく華やかな印象に仕上げている。室内の盆栽は、すべて越前和紙で作られたもの。幹や葉、苔のように見える部分まで和紙で表現されており、間近で見ると素材のおもしろさが伝わってくる。「炉」も設けられており、川西さんは「お茶釜があれば、ここで実際にお茶を点てることもできる」と話す。床の間に掛かる書も、川西さん自身によるものだ。






3階の屋外デッキには、茶畑をイメージした段状ベンチ「茶畑だんだん」が設けられている。背もたれ部分には人工芝のような素材を使い、グリーンを強調。湖の風を感じながらお茶を飲める場所で、船外からも見えることから、「大茶会」を象徴するエリアの一つになっている。



同じく3階デッキ後方には、「茶室 緑風庵」がある。三畳の広さで、丸い窓から芦ノ湖や富士山の景色を望める造りだ。この空間について川西さんは、「千利休がご存命なら、こんなシンプルな茶室を望んだかもしれない」と語っている。



■芦ノ湖だからこそ出合える、景色の見どころ
「箱根遊船 大茶会」は、船内だけでなく、湖上からの景色も大きな楽しみの一つ。航路によって、見える風景が少しずつ変わっていくのが特徴だ。

元箱根港を出航してしばらくすると、山の合間から富士山が正面に姿を見せるポイントがある。天気がよければ、湖の青と山の緑、その奥に広がる富士山を一度に眺めることができ、思わずデッキに出たくなる瞬間だ。

さらに進むと、湖畔に立つ箱根神社の平和の鳥居が近づいてくる。湖面に浮かぶように見える朱色の鳥居は、芦ノ湖ならではの景色。元箱根港から箱根園港へ向かうルートでは、比較的近い距離で眺められるため、写真を撮るならこのタイミングがおすすめだ。

箱根関所跡港付近では、少し距離はあるものの、鳥居と富士山を正面から望めるポイントも。お茶をひと口飲みながら、目の前に広がる景色を眺める。それだけで、「船に乗っている時間」がぐっと楽しくなる。
■何を食べる?どれを飲む?お茶時間が楽しくなる船内メニュー
船内1階にある「茶店」は、気づくとふらっと立ち寄りたくなる場所。お茶のよい香りがふわっと漂い、メニューを眺めているだけで、何を頼もうかと気分が上がる。ドリンクもスイーツも軽食もそろっていて、その日の気分で選べるのが楽しい。

まず試してみたくなるのが「抹茶体験セット」。ボトルをシャカシャカ振って、自分で抹茶を点てるスタイルで、できあがった一杯は香りも色も本格的。湖を眺めながらひと口飲むと、すっとした苦みとまろやかさが広がる。「大茶会ボトル 緑茶」は、好みの茶葉を選んで作れるのがポイントで、持ち歩きながらちびちび楽しむのにちょうどいい。

甘いものが欲しくなったら、迷わずスイーツへ。「大茶会プリンアイス」は、とろっとなめらかな抹茶プリンに、ひんやりアイスを重ねた一品。抹茶ソースをかけると、コクがぐっと増して、思わずもうひと口。抹茶の香りがしっかり感じられる「茶葉ケーキ」も、しっとり食感でお茶との相性抜群だ。


見た目で選びたくなるのが、「だんご抹茶ラテ」(900円)。抹茶ラテの上に、ころんと三色だんごがのっていて、写真を撮りたくなるかわいさ。団子のもちもち感と、ラテのほろ苦さが意外とよく合う。少し小腹が空いたら、「みたらし団子」や「三色団子」(ともに2本・400円)などの和のおやつがちょうどいい甘さ。さらに、「大茶漬け」(500円)や「ふじさんおにぎり」(600円)といった軽食もあり、甘いものの合間にほっと一息つける。
ドリンクは定番の「抹茶フロート」(800円)などソフトドリンクに加え、「抹茶ビール」(1000円)や「抹茶ジントニック」(900円)といったちょっと気になる一杯も。お茶を片手に、席を移して、景色を変えて、またひと口。そんな過ごし方に、この船のメニューはちょうどよくハマる。
■「大茶会」が広げる、新しい箱根の過ごし方
箱根観光は移動が多くなりがちだが、「箱根遊船 大茶会」は、その移動時間を楽しみとして取り込める存在だ。船内を巡りながらお茶を飲み、景色を眺める。そんな時間を予定に組み込むことで、箱根での過ごし方に少し余裕が生まれる。



お茶と一緒にぐるぐると好きなだけ周遊するもよし、芦ノ湖を1周巡ってみるもよし、あるいは目的地までほんのひとときを楽しむもよし。芦ノ湖を渡るだけでは終わらない、過ごすこと自体が楽しい船。「箱根遊船 大茶会」は、芦ノ湖観光の新しい定番になりそうだ。
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※20歳未満の者の飲酒は法律で禁じられています。
取材・文・撮影=北村康行

