自分が母親になれるのか、自信がなかった

――「いつごろに妊娠出産したい」など子どもを持つことについて計画はありましたか?
弘中綾香さん(以下、弘中) 特にありませんでした。結婚後は「いつでも子どもを持ってもいいな」と思っていました。「◯年後には妊娠したい」などの計画もしていませんでした。
――妊娠が発覚したとき、率直な心境は?
弘中 いざ妊娠すると、「私が母親になれるのかな? 母親としてやっていけるのかしら?」と思いました。自分に母親ができるのか、自信がなかったですね。
――当時、弘中さんの思う“母親”像はどんなものでしたか?
弘中 私の母は専業主婦だったので、「働くお母さん」を自分の目で見てこなかったんですよね。学校から帰ると母が家にいて、送り迎えをしてくれるし、ごはんも作ってくれる。だから「働きながら母親をする」というイメージがなかったんです。でも私は働き続けたかったので「両立が可能なのか?」と。
――そこからどんなふうに「働く母親」をイメージしていきましたか?
弘中 「働く母親」でいうと、3歳上の姉が一番身近な存在かもしれません。
改めて考えてみると、会社の先輩や同僚、友達にも大勢いることに気づきました。日常の中で、育児と仕事の両立について聞いてみたりして、徐々にイメージができるようになりました。
「今は生きているだけでいいんだよ」

――妊娠中は安定期となる5カ月を迎えるまで、同僚や世間に公表しなかったことで、さまざまな不便やストレスがあったと新刊『たぶん、ターニングポイント』で書かれていますよね。妊娠を公表後、周りの言動で心に響いたものはありましたか?
弘中 そんなにつわりがひどいほうではなかったんですけど、それでなくても自分が今までできていたことが難しくなってきて。それにすごく落ち込むというか、暗くなるような時期があったんです。それを少し前に出産を経験した友達に話したら「今は生きているだけでいいんだよ。とにかくごはんを食べて、よく寝たらいいよ」と言ってくれたんです。それで「食べて寝るだけでいいか!」と顔を上げることができて、とてもありがたかったですね。
――今までできていたことができないというのは、仕事が制限されるなどでしょうか?
弘中 仕事の面もありましたが、日々の予定をこなすことが結構つらくなってしまって。私は元々予定をできるだけ詰め込むタイプだったんですが、疲れやすくなったこともあり、1日に1つくらいしか予定を入れられなくて、そういう変化に気持ちがついていけなかったです。お寿司やお酒から離れるのも辛かったです(笑)
――弘中さんのパブリックイメージでは、そういうときに弱音を吐かないように見えます。
弘中 そうですね。でも、出産経験のある仲のよい友達には話していました。
――夫さんにも妊娠中のつらさを打ち明けましたか?
弘中 あまりしなかったですね。言ってもしょうがないかな、と。男性には一生経験できないことなので、経験した友達や先輩に話したり、聞いたりしていました。
――「言ってもしょうがない」、たしかに! そんなふうにフラットに考えられれば、夫への期待ゆえの不満が募り悩む女性が、少しでも楽になりそうな気がしますね。

