●山上被告人への複雑な視線 「救われた」VS「断罪すべき」
1審で無期懲役の判決を受けた山上被告人への評価は、回答者の間でも大きく分かれました。
「山上氏が控訴して良かったと思っています。私の知り合いの高齢女性は、統一教会の人からいろんな物を買って何十万円も支払っていました。安倍元首相の事件が起きて、初めて統一教会の被害にあっていたことに気付きました」(高知県・70代女性)
「山上被告の判決は、重すぎると思う。安倍元総理が統一教会の広告塔の役割を務めていたこと、統一教会と自民党の関係が判決に反映されていない。山上被告の事件で結果的に統一教会に解散命令を出すことになり、社会貢献した部分も判決に反映されるべき」(愛知県・50代女性)
極右カルト組織に母を洗脳されたという大阪府の20代女性は「私はただ、極右カルトの被害者である山上徹也さんの裁判を陰ながら応援するのみです。彼に対して温情ある判決が下るように願っています」とつづりました。
一方で、殺害という手段に対する厳しい批判は少なくありません。
かつて裁判員裁判に参加したことがあるという大阪府の60代男性は「自分の不遇を直接の対象者でないところに行使するのは、説明がつかないと考えます」と述べます。
「日本国の行く末を左右する人物を殺害したこと」などを挙げたうえで、「死刑にすべき。情状酌量の余地なし」と主張する意見もありました。
事件を起こした山上被告人の刑事責任は、司法の場で引き続き問われていきます。
一方で、宗教をめぐる家庭環境の中で生きづらさを抱える人たちの声は、事件とは別に存在し続けています。
「信仰の自由」は憲法で保障された重要な権利ですが、その陰で見えにくくなっている葛藤や人権の問題について、社会として目を向け続ける必要があるのかもしれません。

