「家事は誰がやるんだ」余命わずかの妻を、夫は家政婦扱い。夜逃げを決意した70代女性の涙【著者に聞く】

「家事は誰がやるんだ」余命わずかの妻を、夫は家政婦扱い。夜逃げを決意した70代女性の涙【著者に聞く】

『夜逃げ屋日記5』より
『夜逃げ屋日記5』より / (C)宮野インイチ/KADOKAWA

パートナーからのDV、毒親の凄惨な虐待、つきまとうストーカー……。
さまざまな事情で「もうここでは生きられない」と追い詰められた人々を手助けするのが、夜逃げを専門とする特殊な引っ越し業者「夜逃げ屋」です。

漫画家として鳴かず飛ばずの崖っぷちにいたという宮野シンイチさんは、TVで知った夜逃げ屋の女社長に突き動かされるように、自らもスタッフとして現場に身を投じることになりました。宮野さんは、夜逃げ屋の仕事を通して、依頼者たちの絶望と再生を目の当たりにします。

そんな人間ドラマを描いた『夜逃げ屋日記』最新刊の5巻から、自らの余命を知って夜逃げを決意した女性のエピソードをご紹介します。

『夜逃げ屋日記5』あらすじ


今回の依頼者は70代の朝倉ミツコさん(仮名)。ガンが全身に転移し、余命3ヶ月を宣告されました。50年連れ添った夫に余命を告げると、夫は――。

『夜逃げ屋日記5』より
『夜逃げ屋日記5』より / (C)宮野インイチ/KADOKAWA

『夜逃げ屋日記5』より
『夜逃げ屋日記5』より / (C)宮野インイチ/KADOKAWA

「お前がいなくなったら家事は誰がやるんだ」
「家政婦を探しておいてくれ、なるべく安いとこで」

夫の言葉に、ミツコさんは戸惑います。長年家政婦のように扱われてきて自分の人生を生きられなかった彼女は、これをきっかけに家を出ることを決意するのでした。


夜逃げ屋がミツコさんの引っ越しを請け負うことになり、その作業の当日。荷物を運びだす作業の中、宮野さんは依頼者に「ミツコさん」と話しかけても反応が鈍いことに気づきます。
『夜逃げ屋日記5』より
『夜逃げ屋日記5』より / (C)宮野インイチ/KADOKAWA

『夜逃げ屋日記5』より
『夜逃げ屋日記5』より / (C)宮野インイチ/KADOKAWA

それを女社長に話すと、何か思うところがある様子……。


そろそろ搬出作業が終わるというタイミングになって、ミツコさんは夜逃げしてほんの数ヶ月余生を過ごすことに意味があるのかと考え込んでしまいます。
『夜逃げ屋日記5』より
『夜逃げ屋日記5』より / (C)宮野インイチ/KADOKAWA

そして夜逃げ屋の女社長に「申し訳ありません、夜逃げを中止してください」と告げるのでした。

そんなミツコさんに、社長は「夫と義母から普段なんて呼ばれてる?最後に名前で呼ばれたのはいつ?」と問いかけます。
『夜逃げ屋日記5』より
『夜逃げ屋日記5』より / (C)宮野インイチ/KADOKAWA

『夜逃げ屋日記5』より
『夜逃げ屋日記5』より / (C)宮野インイチ/KADOKAWA

何十年も名前を呼ばれなかったせいで自分が誰なのかはっきりしなくなり、名前と姿が一致しなくなる依頼者がたまにいるのだそうです。


社長から鏡を渡され「自分の顔ちゃんと見て」と言われたミツコさんは、ゆっくりと自分の顔を確認し、自分の名をつぶやき、「私、老けたなぁ」と涙を流すのでした。
『夜逃げ屋日記5』より
『夜逃げ屋日記5』より / (C)宮野インイチ/KADOKAWA

『夜逃げ屋日記5』より
『夜逃げ屋日記5』より / (C)宮野インイチ/KADOKAWA


そして、夜逃げは続行されます。ミツコさんが希望していた海の近くのアパートに、無事転居が完了しました。
『夜逃げ屋日記5』より
『夜逃げ屋日記5』より / (C)宮野インイチ/KADOKAWA


ミツコさんは1ヶ月半後に病状が急激に悪化し、病院で息を引き取りました。ミツコさんの骨は海に散骨され、社長はミツコさんから聞いていた好きな花のカーネーションを海に供えるのでした……。


著者・宮野シンイチさんインタビュー


――今回の依頼者のミツコさんは夫にがんのことを話した時に「家政婦を探しておいてくれ、なるべく安いとこで」と言われたそうですね。この話を聞いた時、宮野さんはどう思われましたか?

宮野さん:これまで参加させてもらった夜逃げでも似た場面はたくさんありましたが、75歳で癌になるまでずっとこんなふうに思われてたっていうのを、目の前でハッキリ口に出して言われた時のミツコさんの心情を考えるといたたまれない気持ちになりました。
『夜逃げ屋日記5』より
『夜逃げ屋日記5』より / (C)宮野インイチ/KADOKAWA


――自分の死期を悟った方が残りの人生を自分らしく生きるために夜逃げを依頼する…ということはよくあることなのでしょうか?

宮野さん:自分が参加させてもらった依頼ではご高齢の方の夜逃げと癌で余命宣告されているという2つが重なった依頼はさすがに初めてでしたし、それ以降もありません。

ただ、夜逃げの最中に「実はもう病気であまり長くないんだよね。」とボソッと言われたことはあります。その方はミツコさんに比べるとずっと若かったですが、やはり印象に残ってます。記憶に残ってるのはその2件を含めた3、4件くらいですので、よくあるということはないですね。


『夜逃げ屋日記5』より
『夜逃げ屋日記5』より / (C)宮野インイチ/KADOKAWA

――夜逃げの作業のときのミツコさんについて、宮野さんはどんな印象を受けましたか?

宮野さん:焦ってるという感じは全くなくて心ここに在らずという印象を受けました。俯瞰して自分を見てるような。どこか他人事のような。

――依頼から夜逃げの作業の終盤まで、ミツコさんの顔がはっきり見えないように描かれていますね。ミツコさんが自分の顔を久しぶりに鏡で見た瞬間、読者もはじめてミツコさんの顔を見る場面がとても印象的でした。この演出にはどのような意図や思いをこめましたか?

宮野さん:先ほど話したように、ミツコさんは本当に終始ぼーっとされていて、自分のことなのに他人事のように振る舞っている様子が、今までの依頼者と明らかに違っていたんです。今考えると、そこにはミツコさんが生きていくための防衛本能みたいなものがあったのかもしれないと思ったんです。自分ごととして捉えると、心が保てなかったのかなと。

だけど、これはどうしようもなくミツコさん本人のことで、それに本人がキチンと気づいて向き合った瞬間というのを漫画にするにはどうしたらいいか……ということを考えた末での演出でした。


『夜逃げ屋日記5』より
『夜逃げ屋日記5』より / (C)宮野インイチ/KADOKAWA

――このエピソードを描くに当たって心がけたことやこだわった点などはありますか?

宮野さん:ミツコさんのモデルになった方は今はもうこの世にいません。なので、ご本人に「夜逃げして幸せでしたか?」と聞くことはもうできませんし、わかりません。

ただ、ミツコさんの妹さんからのお話を聞くととても安らかな最後だったようで社長に心から感謝しているということを何度も口にしていたそうです。そんなミツコさんへの追悼の思いを込めて描きました。
『夜逃げ屋日記5』より
『夜逃げ屋日記5』より / (C)宮野インイチ/KADOKAWA


――このエピソードへの読者の反響はいかがでしたか?

宮野さん:ミツコさんへの追悼のコメントがたくさん来ていたのが印象的でした。ミツコさんも、あちらでお母さんと一緒に読んでくれていたら幸いです。

   *    *    *

自分自身を失ったまま生きてきたミツコさんは、最期にやっと自分の人生と尊厳を取り戻したように見えます。いつもは激しい暴力や緊迫感あふれる場面が多く描かれるこの作品ですが、このエピソードでは打ち寄せる波の音が聞こえてくるような、静かな描写が印象的でした。それはまるで映画のワンシーンのように、深い余韻を心に残してくれます。


配信元: レタスクラブ

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