#5「私は子どもの頃から、みんなから愛想がないといわれていまして……」面接でそう言う55歳のサチコにおかみさんは…|群ようこ

#5「私は子どもの頃から、みんなから愛想がないといわれていまして……」面接でそう言う55歳のサチコにおかみさんは…|群ようこ

街のありふれた食堂「食堂キング」を舞台に、中年女性・サチコのささやかな成長を描いた、群ようこさんの最新長編小説『サチコ』。その冒頭部分を、地方新聞連載時に添えられた、阪口笑子さんの温かい挿画とともに、お届けします。

「運ぶときに丼の中に指を突っ込むなんていうのは絶対だめだから、それには気をつけて、来てくれたお客さんに『いらっしゃいませ』、帰るお客さんに『ありがとうございました』、待たせちゃったら、『お待たせしました』がいえれば、問題ないから」

と店主がいった。

「でも、接客業の経験がないので、あまり自信はないんです」

「でもお勤めをしたことはあるんでしょ」

次はおかみさんである。

「学校を卒業して三十年以上勤めていました。早期退職してこの間までスーパーマーケットでアルバイトをしていたんですけれど。まあ、人間関係がいろいろとあって」

「ああ、なるほどね」

そう話しても、店主夫婦はサチコの履歴書に目を通そうとはしなかった。

「私は子どもの頃から、みんなから愛想がないといわれていまして……」

サチコが切り出すと、おかみさんはじっとサチコの顔を見た。

「そうなの? でも感じは悪くないから、気にしないでいいと思うわ。そりゃあ、愛想がいいほうがいいかもしれないけど、まあ最低限のことをやってくれれば、ねえ」

おかみさんが店主を見ると、

「愛嬌を振りまくほうは、この人がやるから大丈夫」

と彼は人差し指で、横の妻を突っつくようなそぶりを見せた。

「やあね、愛嬌を振りまくだなんて。愛嬌があるでいいの。何だかわざとやっているみたいじゃないの、ねえ」

急に同意を求められたサチコは、びっくりして精一杯の笑顔をしてみせたが、変にこわばっていたかもしれない。

「あなたがよければ、うちのほうは来て欲しいけれど、どうかしら」

おかみさんはまたじっとサチコの顔を見た。

「私でよければよろしくお願いいたします。さっきもいいましたけど、こういうお仕事ははじめてなので、うまくやれるかどうかわかりませんが」

「高校を途中でやめちゃった若い女の子も、ちゃんとやってくれていたから。そうそう、あの子、結婚して子どもができたらしいわよ。どうなることかと思っていたけどねえ」

妻はサチコの顔を見たり、隣の店主のほうを向いたりと、二人に交互に話しかけた。

 

配信元: 幻冬舎plus

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