サンティアゴ・デ・コンポステーラの建設の様子, Construction de Saint-Jacques de Compostelle, Public domain, via Wikimedia Commons.
美術館に飾られた絵画は、最初から「アート」だったのか
教会の壁を飾る聖母マリアの絵は、信仰のための道具でした。王の肖像画は、権力を誇示するための手段でした。
では一体いつから、これらの制作物は「アート」と呼ばれるようになったか?
この問いに答えるためには、まず「アート」という概念自体がいつ生まれたのかを探る必要があります。
実は「美術」や「芸術」という言葉が指し示す領域は、時代によって大きく変化してきました。今回は、制作行為が宗教的・実用的な目的から切り離され、純粋に「見るため」のものへと変わっていった歴史を辿ってみましょう。
中世までの制作者は「アーティスト」ではなかった
サンティアゴ・デ・コンポステーラの建設の様子, Construction de Saint-Jacques de Compostelle, Public domain, via Wikimedia Commons.
中世ヨーロッパにおいて、絵画や彫刻を制作する人々は、今日私たちが想像するような「芸術家」ではありませんでした。彼らは職人(craftsman)であり、石工や金細工師と同じように、ギルド(職人組合)に所属する「技術者」として扱われていました。
当時の絵画や彫刻のほとんどは、教会や修道院の依頼を受けて制作されるものす。これらの作品は信仰を深めるための視覚的な道具であり、聖書の物語を文字が読めない人々に伝える役割を担っていました。つまり、宗教教育のための実用品だったのです。
制作者は自分の創造性を発揮するというよりも、決められた図像(イコノグラフィー)に従って、正確に聖人や聖書の場面を描くことが求められました。
この時期、作品に制作者の名前が記されることは稀でした。作品は個人の創造物というよりも、神への奉仕や共同体への貢献として認識されていたからです。制作者個人の独創性や表現よりも、宗教的な正確さと機能が優先されていたのです。
