職人と芸術家の違いとは?「アート」という概念はいつ生まれたのか

現代における「見ること」の多様性

現代の美術は、さらに複雑で多様な様相を呈しています。インスタレーション(空間全体を使った作品)やパフォーマンス、映像作品など、従来の絵画や彫刻の枠を超えた表現が一般的になりました。これらの作品は、静かに鑑賞するだけでなく、時には体験したり、参加したりすることを求めます。

エイミー・カール『身体的な心』テウン・フォンクによる没入型インスタレーションアート, Amy Karle in "The Physical Mind" Immersive Installation Art by Teun Vonk at FILE Electronic Language International Festival 2017 São Paulo Brazil, Public domain, via Wikimedia Commons.

デジタル技術の発展も、美術の在り方を大きく変えています。NFT(非代替性トークン)アートのように、物質的な形を持たないデジタル作品が高額で取引される時代になりました。また、ソーシャルメディアの普及により、美術作品は美術館だけでなく、スマートフォンの画面でも鑑賞されるようになっています。

こうした変化は、「美術を見る」という行為の意味を再び問い直しています。美術館で静かに作品と向き合うことと、インスタグラムで作品の画像をスクロールすることは、同じ「鑑賞」なのでしょうか。美術は依然として「見るため」のものなのか、それとも新しい形の経験や関わり方を求めているのか。これらの問いは、現在進行形で議論されています。

結論として見えてくるもの

「アート」が純粋に鑑賞の対象となったのは、18世紀から19世紀にかけての比較的最近のことです。それ以前の長い歴史において、制作行為は宗教的な奉仕や権力の誇示、実用的な目的と深く結びついていました。「美術」という概念の誕生により、これらの制作物は実用性から切り離され、美的な経験を提供することを主目的とするようになりました。

しかし、この変化は単純な進歩の物語ではありません。宗教的な目的で制作された中世の作品が、現代の作品よりも劣っているわけではありません。むしろ、それぞれの時代において、制作行為は異なる意味と役割を持っていたのです。

そして興味深いことに、20世紀以降の美術は、「見ること」という行為自体を問い直し、新しい形の経験や関わり方を模索してきました。美術は再び、単なる鑑賞の対象以上のものになろうとしています。ただし、それは中世のような宗教的実用性への回帰ではなく、より複雑で多層的な経験を提供しようとする試みです。

美術館で作品を見るとき、私たちは何百年もの歴史の蓄積の上に立っています。その作品が「美術」として存在し、私たちが「鑑賞者」としてそれと向き合うという関係性は、長い時間をかけて形成されてきたものなのです。この歴史を知ることで、作品を見る経験はより豊かなものになるかもしれません。

配信元: イロハニアート

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