
人前で大きな声を出したり、相手を見下すような言い方をしたり――。親のそんな振る舞いに、思わず居心地の悪さを感じた経験はありませんか?
人気コミックエッセイ「わたしの親が老害なんて」では、外出先や家族とのやり取りの中で浮き彫りになる、親の言動に戸惑う娘の姿が描かれています。一緒にいるからこそ目に入ってしまう振る舞いに、「恥ずかしい」「どうしてそんな言い方をするの?」と感じてしまう場面も少なくありません。
著者の栄子さんのように、実の親に対して“恥ずかしい”という感情を抱いたことがある人は、どれくらいいるのでしょうか。今回は、20~60代の女性を対象にアンケートを実施。親の言動にモヤッとしたリアルな経験が寄せられました。
人前で怒鳴る、理不尽に責める…親の行動が恥ずかしかった瞬間

ある日、家族で外食をしていたときのこと。会計時、栄子さんの父はレジ前で突然声を荒げました。「ポイントがついてないじゃないか。意味がわからないことをするな」店員さんが説明しようとするも、父は聞く耳を持たず、「あの店員は俺を敵に回した」「わざとやったに違いない」と一方的に決めつけます。その場の空気は一気に張りつめ、周囲の視線も集まる中、家族はただ立ち尽くすしかありませんでした。
ほんの行き違いで済むはずの出来事でも、親の感情が先走ることで、子どもとしては“その場にいること自体がつらい”と感じてしまうことがあります。
父の教え子が訪問するも「最近の若者は打たれ弱い」
著者の栄子さんが父を恥ずかしいと感じたのは、店員さんへの態度だけではありません。父が教員をしていたころの教え子が訪ねてきたときのことです。
「先生には学生時代、本当にお世話になったんです」「厳しかったけれど、いつも生徒のことを考えてくれていて」教え子はそう話しながら、父への感謝と尊敬の気持ちを語ります。結婚式のスピーチもお願いしたいほどだと聞き、父もどこか誇らしげでした。

しかし話題が仕事の悩みに移ると、空気が変わります。体育教師として部活動を一人で見続け、審判や指導の勉強もしながら、学級経営との両立に限界を感じていること。家庭への負担も大きく、悩んだ末に転職を考えていることを打ち明けたのです。

すると栄子さんの父は「身を粉にして生徒のために働くのが教員」「そんな根性じゃどこに行っても通用しないぞ」「家庭のことは嫁がやればいい」と否定するのです。時代や環境の違いを汲むことなく続く説教に、教え子は言葉を失っていきます。その場にいた娘としては、相手が傷ついているのが伝わり、居心地の悪さを感じずにはいられませんでした。

