【ロシア】エルミタージュ美術館とエカテリーナ2世。“大帝”と呼ばれた彼女の隠れ家とは?

エルミタージュは女帝の“隠れ家”

1024px-Catherine_II_after_Roslin,_Rokotov_(1780s,_Kunsthistorisches_Museum)アレクサンダー・ロスリン『ロシアのエカテリーナ2世の肖像画』, Public domain, via Wikimedia Commons.

女帝となった1762年、33歳のエカテリーナ2世はさまざまな行動を起こしました。

エルミタージュのメインとなる冬宮に沿って、小エルミタージュを増築したのです。この小エルミタージュが、現在のエルミタージュ美術館の基礎となりました。

エカテリーナ2世は、1764年にドイツ画商ゴツコフスキーから225点の美術品を一括購入し、小エルミタージュに飾りました。

先ほど登場したプロイセンのフリードリヒ大王は、なんとしてもこのコレクションを購入したいと考えていました。しかし資金の用意が出来ずに泣く泣く諦めていたところ、エカテリーナ2世がすべてのコレクションを購入してしまったのです。

この出来事は、ロシアの財力をヨーロッパに広く知らしめる一大事件となりました。

エルミタージュとは、フランス語で“隠れ家”を意味します。小エルミタージュは、いわゆる王宮の「別館」のような位置づけで、18世紀の宮殿によく見られたスタイルでした。

エカテリーナ2世はこの“隠れ家”について、親しい友人への手紙に「エルミタージュの宝物を鑑賞しているのは、ねずみと私だけ」と書きました。

エルミタージュは、女帝にとって友との親交を深めるサロンであり、自分だけの安息地でもあったのです。

その後もエカテリーナ2世は、死の直前まで積極的に美術品の収集を続けました。彼女の死後もコレクションの収集は続き、現在の膨大なコレクションを作り上げたのです。

文化・芸術・教育の発展を促進した“大帝”へ

1024px-Profile_portrait_of_Catherine_II_by_Fedor_Rokotov_(1763,_Tretyakov_gallery)フョードル・ロコトフ『エカテリーナ2世の肖像』, Public domain, via Wikimedia Commons.

エカテリーナ2世は、プロイセンのフリードリヒ大王、オーストリアのヨーゼフ2世とともに“啓蒙専制君主”として知られた人物です。

啓蒙思想とは、理性を重んじ、人権や自由、平等といった概念を広めた思想です。エカテリーナ2世はこのような啓蒙思想を自身の統治に取り入れつつも、身分制度や自分たちの権力は手放しませんでした。

フランスの啓蒙思想家ディドロ、ダランベール、ヴォルテールなどの知識人たちに経済的援助を行い、一気に文化や芸術の発展を推し進めたエカテリーナ2世。彼女の治世には教育の水準が引き上げられ、女性教育の機会も増大したのです。

さらに多くの本が出版され、演劇、音楽、絵画、建築などさまざまな文化が花開いた豊かな時代となりました。

配信元: イロハニアート

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