比較対象の設定で評価が反転する
費用対効果評価の別の落とし穴として、「何と比較するか」という問題があります。新しい医薬品の価値は、既存の治療法との比較によって判定されますが、この比較対象を変えるだけで、評価結果は大きく変わります。
脊髄性筋萎縮症の治療薬「ゾルゲンスマ」の事例が典型的です。この薬は1億7000万円という高額な医薬品で、1回の投与で終わります。置き換える対象とされた従来薬「スピンラザ」は年間3000万~5000万円の費用がかかりますが、複数年使用する必要があります。
企業側の分析では「ゾルゲンスマは安くてよく効く」(ドミナント)という結果が出ました。ところが、医療行政側の公的分析では「元気な1年当たり3600万円」という高い値が算出されました。なぜこのような違いが生じたのでしょうか。
公的分析では、ゾルゲンスマを投与した患者の53.8%がさらなる改善を目指してスピンラザの追加投与をすると設定されました。しかし、この「53.8%」という数字には重大な問題があります。希少疾患であるため、この数字は13人中7人という少数の患者データに基づいた極めて曖昧なデータなのです。
さらに問題は、この数字が得られた臨床試験の環境です。試験が行われたアメリカでは、当時ゾルゲンスマはまだ承認されておらず、スピンラザは既に承認されていました。試験に参加した患者は、特例として希望すればスピンラザを無料で使える環境にあったのです。こうした環境での53.8%という数字を、日本に直接適用することは本来できません。日本での実際の追加使用率は、最大見積もっても2割程度だと予測されています。
このように、費用対効果の評価結果は設定によって大きく変わってしまいます。データの内容や評価環境についての理解なしに、数字だけを見て医療政策を決定することは極めて危険なのです。
「客観的検証」という名の課題
政策決定の過程で用いられている「客観的検証」という概念にも、実質的な問題があります。
現在の「客観的検証」では、評価対象の医薬品がいくつあったのか、価格が引き下げられた品目がいくつあったのか、といった事実を列挙するにとどまっています。しかし、本来の「検証」に必要なのは、企業側の分析と医療行政側の分析の間で、どのような情報の違いや齟齬があったのか、評価方法の選択がどのような根拠に基づいているのかを、第三者的立場から検討することです。
さらに懸念されるのは、評価プロセスの透明性についての問題です。公的分析側が提示した資料と、実際に公的分析として発表された資料の間に齟齬があったと指摘される場合もあります。このような事態は、評価制度全体に対する信頼性を損なわせる恐れがあるのです。
さらに困ったことに、費用対効果評価のルールブック自体が、必ずしも公正で十分な議論を経て作成されたとは言えない現状があります。つまり、ルールに従っているか否かを検証するだけでは不十分で、ルール自体の妥当性についても改めて検討する必要があるということなのです。

