「無価値医療の撲滅」という議論の落とし穴―費用対効果評価の課題

「無価値医療の撲滅」という議論の落とし穴―費用対効果評価の課題

「無価値医療の撲滅」という議論の落とし穴

医療費削減の文脈で、「低価値医療」や「無価値医療」を撲滅すべきだという議論が増えています。多くの場合、この議論は「費用対効果評価を推進すべきだ」という主張につながります。

しかし、この議論の根拠となっている医学論文を詳細に読むと、別の側面が見えてきます。「バリュー(価値)とはアウトカム(成果)をコスト(費用)で割り算したものだ」という考え方を示した2010年のマイケル・E・ポーター先生の論文では、その数行後に「アウトカムは疾患や治療に特異的であり、かつ多面的である」という重要な但し書きが記載されています。

これは、医療の価値とは単一の物差しで測定できるほど単純なものではないという指摘です。QALYだけで全てを解決することは難しく、何千億円の削減につながると言われる「無価値医療の撲滅」という議論も、その理論的根拠は固いものではないのです。

費用対効果評価を価格決定に直結させるリスク

費用対効果評価で「ICER」という見慣れない数値が提示されると、あたかも既に一定の結論が出た、科学的に決定された値が示されているように見えてしまいます。しかし実際には、費用対効果の数値の不確実性は、臨床的有効性の数値のそれよりもはるかに大きいものです。

計算方法の選択、指標の選択、比較対象の設定、国別の換算式の選択など、いくつもの変数が存在し、各変数の選択によって結果が大きく変動します。にもかかわらず、「お金」という慣れた単位が使われることで、一種の「完結性」が感じられてしまいます。これは、医療政策を決定する際に、一種の「錯覚」をもたらす危険性があるのです。

海外の医療制度が、費用対効果の値をダイレクトに価格に反映させていない理由は、ここにあります。各国の医療制度運営者は費用対効果評価を参考情報として活用しつつも、この数値の本質的な不確実性を理解しているからこそ価格決定に直結させることは「本質的に危険である」と認識しているのです。

セルフメディケーション拡大の現実的課題

政策方針では、セルフメディケーション(市販医薬品の自己購入)の拡大が示唆されています。確かに、患者が一定の医療費を自己負担することで、医療制度全体の負担を軽減するという考え方は理解できます。しかし、その実現には多くの課題があります。

第一の課題は、流通体制です。これまで医療用医薬品として販売されてきた医薬品を、いきなり市販医薬品として店頭で売ることはできません。医療用医薬品とOTC医薬品では流通経路が異なっており、医療機関向けに供給してきた企業が、急に一般向け販売に切り替えることは現実的ではないのです。

第二の課題は、価格負担です。保険医療品とOTC医薬品の支払額を比較すると、興味深い事実が見えてきます。同じ薬効の医薬品でも、保険医療品は患者負担が1割~3割であるのに対し、OTC医薬品は全額自己負担です。特に高齢者は、保険制度の1割負担を前提に医療を受けているため、いきなり全額負担になれば、負担は激増します。

さらに、患者がOTC医薬品を購入する動機も考慮する必要があります。例えば夜間に薬が必要な場合、医療機関は開いていません。そのような「時間的・空間的に手軽に入手できる」という利便性が、OTC医薬品を選ぶ理由の一つです。

単純に保険制度から医薬品を外すだけでなく、流通体制の整備、価格設定の工夫、患者がOTC医薬品に支払ってもよいと考える金額の実態把握など複数の要素を勘案して、「軟着陸」させるための地ならしをする必要があるのです。そうした準備なしに、一律に保険から外すことは、特に低所得層の医療アクセスを損なわせる危険性があるということなのです。

編集後記

費用対効果評価は「非常に役に立つ道具」である一方、同時にその計算方法や指標の選択により結果が大きく変動する本質的な不確実性を持っているといいます。同じデータを扱っているはずなのに、効果が10倍以上異なる結果になる場合もあり、評価プロセスの透明性と妥当性の確保が急務だということがわかりました。
さらに、医薬品の価値は費用対効果という単一の指標では測定できず、患者にとって何が重要であるか、医療を通じて何が実現されるべきかという、より広い視点が必要だと五十嵐氏は指摘しています。
私たち国民の医療に直結するこのような議論に、今後も注目して見守っていく必要がありそうです。
(本記事はEFPIA Day 2025 プレスイベントでの議論をもとに編集部が構成しました)

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配信元: Medical DOC

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