【三ノ輪~入谷エリア】春風亭昇羊が歩く台東区・ディープサイド

【三ノ輪~入谷エリア】春風亭昇羊が歩く台東区・ディープサイド

ビニールのパンツを穿いて
内向する私を救った人情

文/春風亭昇羊





「昔はね、子どもたちの多い店だったんです。駄菓子屋みたいのと一緒で、学校帰りに友達と集まったりして」と、40年間店に立ち続ける店主・平原さん 

「三島屋」へ向かう道中。千束四丁目から三丁目を歩きながら思い出したのは、初めて吉原をひとり歩いた夜のこと。処暑であった。

「見返り柳」の名で親しまれていたことが記された碑と柳の木を横目にS字になった道を入って大門跡をくぐると、行燈の灯り、人々の喧噪、三味線の音が見える聞こえるという錯覚にとらわれ立ちすくんだ。終生忘れぬであろう妙な体験だった。

この日は昼間であったためか、錯覚を覚えることはなかったのだが、それでも、江戸の頃は遊女や客や見物人で賑わっていたのだなぁなどと想像し、感懐を抱いた。



  





ストライプの庇も風情たっぷり。テイクアウトのオーダーもひっきりなし

「三島屋」で焼きそばを食べながらも、吉原に思いを馳せた。けれども、一方で別のことも考えていた。

この日、私は趣味である古着収集によって手に入れた六十年代のイギリス軍のビニール素材の珍奇なパンツに着丈百三十センチの古着のシャツを合わせ、九十年代のサンローランの外套を羽織っていた。時間をかけて選んだ装いには自信があった。

家を出てから何度も乙だな、と内心でほくそ笑んだ。ところが焼きそばを食べながら、パンツの素材がビニールであることがふと異様に感じられ、またその光沢はゴキブリを思わせ、そんなパンツを穿いて乙を気取っている自分に嫌悪を抱いた。と、ひとり婦人が来店。



 


三島屋の知る人ぞ知る看板犬・ごんちゃん

カウンターに座るや「たこやきちょうだいっ」と大声で注文。立ち上がると店の奥にずかずか入っていき、「ごんちゃんっ、ごんちゃんっ、元気してた? あらあんた今日大人しいわね」

となにかに話し掛けているので、興味を抱いた私は「飼い犬ですか?」と訊くと「豚だよっっ」と声を張り上げたので思わず「豚ですかっ?」と驚くと「犬だよっ。豚なわけないだろっ」となぜか怒られ、「僕も覗いていいですか?」問うと「私に訊かれたって分からないよっっッッ」。

正論である。私が主人に尋ねる前に「ごんちゃん見たいってさ」と間に入ってくれるのは人情。手の空いた店員が案内してくださり覗くと紐で繋がれたパグ、ごんちゃんは肥えており、しかしそのことと婦人の発言を結びつけないよう努めた。それから世間話に興じているうちに服のことなどどうでもよくなり、店員と婦人に救われた形。





徳岡勘兵衛茶舗にて。店主の徳岡さんは静岡の山奥で茶葉を作っているため、料理も、麹や粕、味噌を使い“農山村の味”を意識

「湯どんぶり栄湯」へ移動し露天風呂に癒されたあと、「徳岡勘兵衛茶舗」で冷茶の味わいに驚嘆。下町の雰囲気が色濃く残る店を巡り、人の情けに触れた。通いたくなる名店を知った。



春風亭昇羊

1991年生まれ。2012年、春風亭昇太に入門し6番弟子に。町田康をこよなく慕い、かたや、古着沼に嬉々として陥る昨今。著書に『ひつじ旅 落語家欧州紀行』。春頃新刊刊行予定



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