東京をはじめ、関東近郊にある注目店を紹介する当連載。店主や店長たちが教える“今、注目すべき”ショップをつなぐ、コーヒーリレーの旅へ。

第8回は東京都文京区にある「トイロ珈琲店」。自家焙煎コーヒーと手作りの焼き菓子が楽しめる、路地裏の隠れ家カフェだ。昭和感漂う家屋が並ぶ細い路地の一角。懐かしい雰囲気のなか、十人十色の人々を優しく迎えてくれる。2024年に開業し、今年7月に1周年を迎えたばかりだが、客の8割が常連という評判の店。まずは「トイロ珈琲店」の開業までのエピソードを見てみよう。

Profile|中村美穂子(なかむら・みほこ)
1985年(昭和60年)、埼玉県生まれ。専門学校を卒業後、ミュージシャンを目指した時期もあったが、20代半ばになると日常的に嗜んでいたコーヒーを仕事にしたいと一念発起。喫茶店で働くかたわら、焙煎機メーカー「富士珈機」のセミナーに通うなど積極的にコーヒーを学ぶ。そんななかセミナーのスタッフからの誘いを受け、「富士珈機」で働くことに。焙煎機の営業やユーザーへのサポート業務、セミナーの講師を経験し、2024年7月に「トイロ珈琲店」を開業。
■コーヒー人生を大きく変えた焙煎機メーカーとのつながり

学生時代からカフェによく通っており、アルバイトの経験もあったことから、コーヒーは身近な存在だったという中村さん。そんな彼女が開業を決意したのは20代半ばのころ。自分のやりたいことを考えたとき、真っ先に浮かんだのがコーヒーだった。多くの人においしいコーヒーと有意義な時間を提供したいと、コーヒーの世界へと足を踏み入れた。
まずは下北沢の喫茶店でコーヒーの基礎からしっかりと学ぶことに。さらに知識や技術をもっと深めようと休みの日を利用してセミナーに参加。そのときに参加していたのが「富士珈機」が開催するセミナーだった。

「セミナーに通っていたので、当時働いていた喫茶店ではなかなか経験できなかった焙煎について知ることができました。『REINO COFFEE STORE』の大友君など、ともに開業を目指す仲間との出会いがあり、情報交換をしたり、励まし合ってモチベーションを上げたりする場所にもなっていましたね。定期的にセミナーに通っていたので『富士珈機』のスタッフさんとも顔見知りに。あるとき、『富士珈機』の従業員募集の話を聞いたんです」

スタッフからの紹介もあり、「富士珈機」に入社した中村さん。「富士珈機」と言えば多くのカフェや喫茶店でよく目にする「フジローヤル」で知られる大手の焙煎機メーカーだ。会社では営業からユーザーへの使い方の指導・サポート、自身が以前通っていたセミナーの講師を務めるなどマルチに活躍した。

「『富士珈機』では幅広い業務を担当しました。特に焙煎機の構造から使い方、焙煎のロジックにいたるまで主に焙煎に関する知識が一気に広がり、大きく成長できましたね。セミナーの講師をしていたときは、これまでの“教わる立場”から“教える立場”に変わったことで、人一倍の知識量が必要だと猛勉強しましたね。講師として学んだ知識をアウトプットできたので、一つひとつの要素をさらに深く理解できて、とてもよい体験だったと思います」
会社員時代には勉強の一貫として、CQI(コーヒー・クオリティ・インスティテュート)認定の国際資格「Qアラビカグレーダー」を取得。この資格はスペシャルティコーヒーの基準にのっとって点数付けができる技術者の証。簡単にいうと豆の品質を判断できるということ。焙煎だけでなく、豆を見極める力は今のコーヒーづくりに大きく役立っている。
■「富士珈機」で学んだ技術を活かす。甘みとコクにハマるコーヒー


喫茶店に約5年、「富士珈機」に7年ほど勤めて知識、技術を高めたあと、2024年7月に念願の「トイロ珈琲店」を開業した。店では自家焙煎を行うが、焙煎機はもちろん、前職で機械に精通した「フジローヤル」を採用。
「半熱風式で250グラムと小型の『COFFEE DISCOVERY』、直火式5キロの『R-105』の2台を設置。豆の焙煎量に応じて焙煎機を使い分けています。半熱風式は主体となる豆に伝わる熱の種類が伝導熱。焙煎時の温度上昇が比較的に緩やかで扱いやすく、コーヒーの甘みやコクを出しやすい傾向があります。それに対して直火式の場合は伝導熱に加えて対流熱も伝わり、火力調整がシビアになりますが、豆の香りが出やすく、すっきりとした口当たりのコーヒーになる傾向があります。どちらの機種で焙煎する場合も、その豆の風味、甘み、コクの3つが出るように意識して焙煎しています」

中村さんのコーヒーは「日常的に飲んでほしい」という想いからつくられている。豆の風味を生かしながら、そのなかに甘さとコクを感じさせることを重視。それぞれの個性的な味に、ほのかな甘さがあることで飲みやすさが加わり、中村さんの想いを実感できる一杯となっている。

「豆は定番でシングル6種類、ブレンド2種類。シングルは大陸(産地)ごとに風味の傾向が違うので、中南米やアジアなど主要な4大陸の豆を仕入れて、好みで選べるようにしています。ブレンドはブラジル、コロンビア、グァテマラの3種類の豆を、甘味とコクに加えて香りがしっかり出るように配合。焙煎度合いは中煎り(マイルド)、中深煎り(ビター)の2つを用意しています。どちらもバランス感の取れた仕上がりだと思うので、ぜひ好みの味を選んで試してみてくださいね」

抽出は「ねるっこ」を使って行う。この抽出器は「富士珈機」の商品で、会社員時代から使い慣れたものだという中村さん。「誰でもお湯を入れるだけでコーヒーが淹れられる」というコンセプトの通り、一杯分のお湯を一気に入れると、適量のお湯が自動で落ちていく仕組み。
「お湯を入れれば少量ずつ落ちて抽出されるので、“半”ハンドドリップみたいな感じですね。本来はネルフィルターで淹れるものですが、私の場合は『ハリオV60』にペーパーフィルターをセットして使っています。コントロール次第で味わいが変わるドリッパーでも、安定した抽出ができる『ねるっこ』と組み合わせることで、味がブレないのがポイント。焙煎で重視している豆の甘さとコクも存分に楽しんでもらえると思っています」
■試作を積み重ねて完成させた自慢の手作り焼き菓子

コーヒーのお供に手作りのケーキ、クッキーもぜひ試してほしい。お菓子づくりに関しては飲食店での経験はないものの、開業を決意してから10年以上にわたり、お菓子教室に通い、あらゆる本を参考にしながら、自宅で試行錯誤を続け、磨いた腕前は確かな味として現れている。
ケーキは週替りの2種類を用意。毎週水曜にメニューを入れ替え、新作は同日の朝に公式Instagramで公開している。週替りというハイペースのため、次の新作をどうするか頭を悩ませることも多いというが、ケーキを目当てに通う常連を飽きさせないためのこだわりとして続けている。取材時は程よい酸味でさわやかに仕上げた「ベイクドチーズケーキ」(単品700円、写真)とレモンパイが並んでいた。ケーキ各種は店内(イートイン)限定でドリンク付きの「ケーキセット(1250円~)」を提供。

北海道産発酵バターで作る「バタークッキー」、自家製ラズベリージャムがアクセントの「ラズベリージャムクッキー」をはじめ、クッキーは全部で6種類。サクッと心地よい食感とともに発酵バターがふわりと香る一品に仕上がっている。価格は各種5枚入330円〜、8枚入420円ほか(※価格と枚数は商品で異なる)。

■中村さんレコメンドのコーヒーショップは「自家焙煎のあべちゃんコーヒー」
「神奈川県横浜市にある『自家焙煎のあべちゃんコーヒー』。店主の阿部さんとは『富士珈機』にいたころに出合ったコーヒー仲間です。当時は焙煎機のサポートなどをさせてもらっていましたが、こだわりが強くコーヒーに熱い方だなという印象。とはいえ、阿部さんは気さくにコーヒーの楽しさを教えてくれる優しい方です。お店ではコーヒー片手に、ぜひ阿部さんとの会話を楽しんでみてくださいね」(中村さん)
【「トイロ珈琲店」のコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル COFFEE DISCOVERY 250グラム(半熱風式)、フジローヤル R-105 5キロ(直火式)
●抽出/ハンドドリップ(ねるっこ、ハリオV60)
●焙煎度合い/中浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり(630円〜)
●豆の販売/100グラム1000円〜
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取材・文/GAKU(のららいと)
撮影/大野博之(FAKE.)

