恵は確実に入れたはずの封筒貯金が再び減っていることに気づき、不安を深めた。夫・健太に相談するも否定され、外部犯行の可能性も一蹴されてしまう。納得できない恵は、事実を確かめるため、貯金の記録を帳簿につけ始めることにした。
「警察はやめろ」拒まれた相談
翌朝。
朝食の準備をしながら、恵の頭の中には昨夜読んだ記事の内容がぐるぐると回っていた。
少額ずつ盗む泥棒
気づかれないように、生活圏を知っている人物──
(考えすぎ、なのかな……)
そう思おうとしても、不安は拭えない。
健太がリビングに来たタイミングを見計らい、恵は口を開いた。
「ねえ、昨日の話なんだけど」
「ん?」
「ちょっと調べたらね……少額だけ盗む泥棒の話、結構あったの」
健太は、コーヒーを飲みながら眉をひそめる。
「それで?」
「一度、警察に相談だけでもしてみた方がいいんじゃないかなって……」
その瞬間、健太の表情がはっきりと曇った。
「やめた方がいいよ」
即答だった。
「え……?」
「確証があるわけでもないし。勘違いだったらどうするんだよ」
恵は言葉を詰まらせる。
「でも、続いてるし……」
「だからって、警察に行くほどの話じゃないだろ」
健太はそう言って、話を切り上げるように立ち上がった。
「そんなことで大事にしたら、恵が疲れるだけだよ」
その背中を見つめながら、恵の胸に小さな棘が刺さる。
(……疲れさせてるのは、どっち?)
危機感のなさ。真剣に受け止めようとしない態度。
怒鳴られたわけでも、責められたわけでもない。それなのに、心の奥がじわりと冷えていく。
(もし、本当に何かあったら……?)
その問いに、健太は向き合おうともしなかった。
私は記録をつけることにした
その日から、恵は行動を変えた。
封筒貯金をするたびに、ノートを開く。
日付、金額、封筒に入れた紙幣の枚数。
几帳面とは言えない自分が、ここまでやることに、恵自身が少し驚いていた。
(でも、はっきりさせたい)
誰かを疑いたいわけじゃない。
ただ、事実を知りたかった。
引き出しに封筒をしまう時も、以前より慎重になる。
位置を覚え、触った感触を記憶に残す。
それは安心のためであり、同時に、貯金が消えている現実を再確認させられ、自分を追い詰める行為でもあった。
そして、帳簿をつけ始めて迎えた最初の月。
恵は、深呼吸をしてから引き出しを開けた。
(……大丈夫)
自分に言い聞かせながら、封筒を取り出す。
中身を数えた瞬間、視界がぐらりと揺れた。
「……また」
減っている。帳簿と、封筒の中身。
数字は、明確に食い違っていた。
今回は、言い逃れできない。
勘違いでも、思い込みでもない。

