疑われたのは、私だった
恵はその夜、帳簿と封筒を持って健太の前に座った。
「見て」
健太は、不思議そうにノートに目を落とす。
「これ、今月分の記録。入れた日も、金額も、全部書いてある」
封筒を開き、中身を見せる。
「……減ってるでしょ?」
健太は黙り込んだ。
数秒、いや、それ以上だったかもしれない。
「……ふーん」
その反応に、恵の胸がざわつく。
「ふーん、って……」
「いや、でもさ」
健太は視線を逸らしたまま言う。
「帳簿なんて、後からでも書けるだろ?」
その一言で、空気が一気に変わった。
「……どういう意味?」
「いや、だから。恵が間違えてる可能性も、ゼロじゃないって話。ほら、記録漏れとか、あるかもしれないだろ?」
恵は、喉の奥がひりつくのを感じた。
(信じて、ない……)
泥棒の存在よりも、夫が自分の言葉や行動を疑っていることの方が、ずっと苦しかった。
「私が、嘘ついてるって言いたいの?」
「そんな言い方してないだろ」
健太は、軽く肩をすくめる。
「でも、決めつけるのはよくない」
決めつけているのは、どちらなのか。恵はそれ以上、何も言えなかった。
その夜、布団に入ってからも眠れず、天井を見つめ続けた。
(泥棒かもしれない)
(でも……)
健太の曖昧な態度。警察を嫌がる理由。
帳簿を見ても動揺しなかった反応。
疑いたくない。疑う自分が、嫌だ。
それでも、心は静かに結論へ近づいていく。
(外の誰かより……)
恵の疑いの矛先は、少しずつ、
しかし確実に、夫へと向き始めていた。
あとがき:疑いは、誰を守るためのものか
恵が帳簿をつけたのは、犯人探しのためではなく、自分の感覚を守るためでした。
それでもなお疑われたとき、夫婦の信頼関係は大きく揺らぎます。
外部犯行よりも、身近な存在への疑念が芽生える瞬間は、とても静かで、だからこそ残酷です。
恵の視線はさらに日常の細部へ向かい、疑いは「確信」に近づいていきます。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています
イラスト:まい子はん
記事作成: tenkyu_writing
(配信元: ママリ)

