妊娠中の体調異変がきっかけで白血病が発覚し、壮絶な治療と命との向き合いを経験した聖さん。大切な存在との別れ、移植、そして日々の回復――。聖さんに、支えてくれた人たちへの深い感謝と、これからを生き抜く力強い想いを語ってもらいました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2025年7月取材。
体験者プロフィール:
聖さん(仮称)
2000年生まれ、福岡県在住。2024年、重度の「つわり」により入院。発疹やあざ、発熱、激しい倦怠感、喘息の悪化といった症状が表れるも「つわり」と診断され、入退院を繰り返す。その後、里帰り中に福岡の産婦人科で血液検査の異常が見つかり緊急入院。急性骨髄単球性白血病と診断され、予後不良群に分類。命を守るために妊娠中期での中絶手術を決断する。複数のセカンドオピニオンを経て転院し、2025年1月に臍帯血移植を実施。同年3月に本退院。現在は自宅で療養中。
体調不良の原因は「つわり」ではなかった
編集部
病気が判明した経緯について教えてください。
聖さん
妊婦健診で赤ちゃんにむくみが見つかり、私自身も悪阻(おそ)がひどく体調が悪かったため、帰省中に里帰り先の産婦人科を受診しました。すると翌朝、産婦人科から「血液検査の結果が非常に悪いので、すぐに大きな病院へ行ってください」という連絡がありました。その後精密検査を受けた結果、「急性骨髄単球性白血病(FABのM4相当)」と診断されて。遺伝子にも異常があり、「難治性と判断されますので、抗がん剤治療と骨髄移植を受けなければ余命は数カ月」と言われました。
編集部
診断結果を聞いた時、どう思いましたか?
聖さん
結果を信じられず、頭が真っ白になりました。この先どうなってしまうのか、ただただ怖かったです。一番に思ったのは、おなかにいる赤ちゃんのこと。申し訳ない気持ちでいっぱいになり、何度も自分を責めました。「何もしなければ命はあと数カ月」と告げられた時は、本当にドラマの世界にいるような感覚でした。
編集部
自覚症状などはありましたか?
聖さん
ありましたね。当時は歯の痛み、貧血、頭痛、繰り返す発熱、あざや蕁麻疹(じんましん)など、さまざまな症状が表れていました。
編集部
初めに受診した病院では、これらの症状を訴えても「つわり」だと言われてしまったのでしょうか?
聖さん
はい。産婦人科に行ったこともあり、「つわり」だと言われました。私自身、初めての妊娠で経験がなかったため、これらの症状は全て「つわり」なんだと自分に言い聞かせていました。
編集部
治療方針について、どのような説明がありましたか?
聖さん
まず抗がん剤治療で血液中のがん細胞を5%以下に抑えることを目指す。その後、遺伝子異常を伴う予後不良群の白血病であるため、造血幹細胞移植や骨髄移植といったリスクの高い治療が必要であると説明されました。
編集部
治療は、スムーズに進んだのでしょうか?
聖さん
いえ、スムーズに進みませんでした。私の場合、がん細胞を5%以下にするために、合計3回抗がん剤を試しましたが、病気が見つかってすぐに抗がん剤治療をしたものの、1回目の治療ではがん細胞は全然減ってくれませんでしたね。2回目に違う抗がん剤を試しても5%以下にはならなくて。3回目に抗がん剤の治験薬を試したところ、この薬のおかげで5%以下になりました。そしてすぐに、臍帯血(さいたいけつ)移植へと進みました。大きな合併症はなく、移植はスムーズに進んだと思いますが、想像の何千倍もきつく過酷な時間でしたね。
隔離された病室に届いた希望、家族や友人の言葉が心の支えに
編集部
病気の発症後、生活にはどのような変化がありましたか?
聖さん
小さなことにも感謝できるようになりました。「ありがとう」と自然に口にする機会が増えたと感じています。
編集部
闘病を支えてくれた存在を教えてください。
聖さん
夫や友人、先輩たちからの色紙や手紙です。無菌室での治療だったため直接会うことはできませんでしたが、SNSのメッセージ、私のもとに届けてくれた手紙やプレゼントが心の支えでした。今でもつらい時には何度も読み返しています。
編集部
過去の自分に声をかけられるとしたら、どんなことを伝えたいですか?
聖さん
「もっと自分を大切にしてほしい」と伝えたいですね。無理をし、いろいろなことを抱え込んでいた部分があったので、自分を優先する時間も必要だったと感じています。

