恵は帳簿をつけて封筒貯金を管理するも、夫・健太に記録を疑われ、疑念を深めていった。
事実をはっきりさせるため、恵は見守りカメラを設置し、警察への相談を仄めかして健太の反応を探ることにする。
確かめるために越えた一線
夫への疑念を抱き始めてから、恵の中で何かが静かに変わっていた。
怒りでも、決めつけでもない。ただ、「確かめなければ前に進めない」という感覚。
その一心で、恵はある行動に出た。
平日の午前中。
健太と莉子を送り出したあと、恵はスマートフォンを手に取り、注文していた小型の見守りカメラを設置した。
リビングの棚の隅。
封筒貯金をしまっている引き出しが、ぎりぎり映る位置。
(……これで、何もなければ)
自分にそう言い聞かせながら、恵は設定を終えた。
疑っている自分が、苦しい。けれど、曖昧なまま過ごす方が、もっと苦しかった。
警察の話を避ける夫からの電話
カメラを設置しただけで、心臓が落ち着かない。
それでも、恵は次の一手を考えていた。
──それは、健太への揺さぶりだった。
その日の昼過ぎ。
家事を一段落させたタイミングで、恵は健太にメッセージを送った。
《やっぱり気になるから、封筒貯金の件、警察に相談してみようと思う》
送信ボタンを押した瞬間、胸がぎゅっと縮こまる。
(どう出る……?)
数分後。スマートフォンが震えた。
表示されたのは、着信。健太からだった。
「もしもし?」
電話口の健太の声は、やけに明るかった。
「あ、今大丈夫?」
「うん……どうしたの?」
「いや、昼休みでさ。今日暑いねーって話」
……暑い?
恵は一瞬、言葉を失った。
「えっと……うん、暑いね」
「莉子、昨日夜なかなか寝なかったじゃん?保育園送ってく時はどんな様子だった?」
封筒貯金の話には、触れない。
警察のことにも、一切。ただの、他愛ない世間話。
(……変)
普段なら、昼間に電話なんてしてこない。
ましてや、用件もなく。メッセージだって、既読になるのは半日経ってからがザラだ。
「……ねえ」
恵が切り出そうとすると、健太は被せるように言った。
「あ、そろそろ戻らないと。また夜ね」
一方的に、電話は切れた。
スマートフォンを握ったまま、恵はその場に立ち尽くす。
胸の奥で、嫌な確信が形を持ち始めていた。
(今の電話……)
警察の話題から、意図的に逸らした。
安心させようとした?それとも、様子を探った?
どちらにしても、健太の行動は明らかに“いつもと違う”。
疑念は、もはや否定できないものになっていた。

